第28話 血族審判 閉幕

「いったい彼女は何を語っておられたのでしょうか……?」


 困惑に眉をひそめているのは蛍子だ。


 彼女は最速で血族審判を勝利した月都の次に洋館から脱出していた。曰く『あちらの陣営で一番弱い御方であったかと。わたくしはこちらの陣営で一番弱く愚かな豚でございますので、釣り合いは取れておりますでしょう』とのことらしい。


「正確なところは何も分かりません。それでもご主人様の味方とうそぶいているものの、決してあずさ達の味方ではないのだと、そう言っているように思えました」


 兎耳をピコピコと蠢かせて、怪訝な面持ちのあずさはそう答えた。


「彼女達の救いが、月都様に受け入れられるかどうかは分からないとのこと。何者かは分かりかねますが、やはり敵性存在であると見做した方がよろしいのかもしれませんね」


 虚空に浮かぶモニターを眺めながら、あずさと蛍子は、桐生舞羽の偽物が死に際に語った言葉の真意を探っていた。


「考えるべきことは多そうだが」


 二人から離れた場所で椅子に腰掛け身体を休めていた月都は、ぐっと大きく伸びをする。


「姉ちゃんは勝利した。あずさもルコも。そうして当然俺はここにいる」


 血族審判は蓋を開けてみれば、グラーティア家側の圧勝であった。


 周囲に視線を巡らせると、既に乙葉家側の人員は撤収している。


 しかしそれも無理のないことである。直に災厄がやって来るのだから。かつて虐げた少年が、虐殺の免罪符を掲げて。


「いやはや、本当に。仕方ないよな」


 心底楽しげに、月都は呟いた。


「俺は多くを殺すつもりはなかった。逆襲劇の観客がいなくなるのは、それはそれで困るわけだし」


 どこかあどけないその表情は、今から復讐を遂行する者には決して見えやしない。


「それでも、母さんを殺したあの女だけは絶対に殺すって決めた。ついでに血族のほとんどが死に絶えたとしても、まぁ……誤差ってもんさ」


 あずさが、蛍子が、そして今しがた裏の世界に帰還したソフィアが黙して見守る中、血族審判の勝者に与えられる権限の証――一枚の札が、乙葉でもグラーティアでもない中立の者から月都に手渡された。


「じゃ、俺はちょっと出かけてくるから、みんなは打ち上げの準備でもしといてくれ」


 三人に笑いかけた後、月都の姿は一瞬にしてその場からかき消えた。


 一旦解除していた魔導兵装を秒にも満たない速度で再展開させ、彼は青空を天高く飛翔する。








 結界に覆われた広大な山一つが、月都の実家である名門乙葉家の敷地だ。


 過去、数多の強力な魔人を輩出し、極東の主に東側を根城とするこの家は、かつてない緊張感で張り詰めていた。


 月都の実母。前当主であった夕陽を慕っていた者は、彼女が謀殺された時点で既に全員亡き者となっている。


 今この屋敷で月都を迎え撃つ者は、皆が皆、乙葉麻里奈の手先だ。生家への久方ぶりの帰還でありながら、月都の心は冷えている。


「……よっと」


 適当な場所に着地。


 血族審判の舞台からひとっ飛びでここまでやって来た月都は、特に気負った様子もなくとことこと歩み、やがて前方を見据えた。


 そこには総勢百を超える魔人が、各々魔導兵器を携え、ひしめき合う。使用人から一族の者まで、戦える魔人は皆総出で月都を待ち構えていたと見受けられる。


「健気なこった」


 いささか気の抜けた月都の態度に反して、迎え撃つ乙葉家の人間は、絶望にも等しい表情を浮かべながら、されど頑なに徹底抗戦の意思を示していた。


 最早逃げる先などありはしない。


 怪物を目覚めさせたのは、他ならぬ彼女達。一度狩られる側に回れば、残酷な末路が待ち受けているのは明らかなのだ。


「血族審判の勝者として、俺が乙葉家を根絶やしにすることを認めろ」


 勝利の報奨として与えられる権限を、月都は今ここで使用する。


 彼が手に持っていた札が、宣言と共に燃え尽き、灰となった。


 幾ら血なまぐさい裏の世界とはいえ、最低限の秩序はある。けれども血族審判の勝者の願いとして、家一つを滅ぼした事例は、悲しいかな過去に何度か前例はあったのだ。


「さて、逃げたい奴は逃げればいい。わざわざ下っ端まで追うつもりはないさ」


 未だ、誰も月都に向かう者はいない。


 そんな怯えを隠せない彼女達を鷹揚に見下して、流れるような自然さのまま、語った。


「――」


 月都の言葉が発せられてから暫く間を置いて、決して小さくないざわめきが、一団の中で伝播した。


 すると何人かが脇目も振らず、月都とは逆の方向に逃走していく姿が見受けられた。


 裏切り者、憶病風に吹かれたか、腰抜け、乙葉家の面汚し。残った者達は逃げた彼女らを罵倒するも、その声音に覇気は見受けられないのだ。


「よし、こんなもんでいいか」


 空気が切り替わる。


 これ以上逃げ出す者はいないと見て、月都の生来より保有する膨大な魔力が柱のごとく立ち昇った。


 それを開戦の合図と受け、乙葉家の魔人達は各々のやり方で、戦闘態勢に移行した。


 あらゆる魔導兵器、固有魔法が月都だけを対象に、数の暴力のごとく殺到して――、


「雑魚には慈悲を。


 全員、何も出来ずに死んだ。


 見事なまでの犬死である。

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