第27話 血族審判 質疑

 ソフィアを幻術で撒いたはずの舞羽の足元に、狙いすましたかのように仕込まれた、光り輝く地雷原が。


 完全に不意をつかれた形で、下半身は一瞬にして消し飛ばされる。


「チェックメイトよ」


 ドアが外側から容赦なく破壊された音と同時、死にかけの舞羽の背後から、閃光の杭までもが飛来した。


 決して小さくない衝撃が肉体を震わせる。いつの間にか心臓から生え伸びたソレをおもむろに見やった後、舞羽は苦笑しながらも、力無く床へと這いつくばる。


 手から取り落とした魔導兵器の香炉も、何本もの閃光に刺し貫かれ、消滅。再召喚するだけの力は、多く血を流した彼女に残されているはずもない。


「……おかしいですねぇ。ワタシの術に引っかかったとばかり思っていたのですがぁ」


 最早、トドメは刺したも同然。


 如何な魔人とはいえ、心臓をとられては生きてはいけないのだから。


「安心なさい。ちゃんと引っかかったわよ」


 銃剣を油断なく構えたソフィアは、感情を排した声音で語る。


「悔しいけれど、私ではオマエの固有魔法を破ることは出来ないし、ここに駆け付けたのも、仕掛けておいた罠が発動したからに過ぎないわ」


「しかしぃ、この場所に罠をしかけたということはぁ、ワタシの逃げ込む位置を先んじて予測しなければならなぁい。つまりなんらかの方法で術を破っていたのではぁ?」


「だから何度も言ってるでしょう。そんなこと出来るわけないのよ」


 舞羽の率直な疑問に、ソフィアはいっそどうでもいいといった、すこぶる軽い調子で首を横に振った。


「アナタの固有魔法を破る術なんてなかった。けれど、私を誘い出すためにある程度まで現在位置を絞り込める情報は、アナタから提供していたでしょうに」


「……なるほどぉ。豪胆かつ繊細な策と呼ぶべきですかねぇ」


「どうとでも感想を吐けば良いのよ。オマエはどうせ、ここで死ぬのだから」


 ソフィアは全てを語ったわけではない。だがしかし、舞羽にとってはそれだけで充分。改めて彼女は自らを下した魔人の底知れなさを、思い知ることとなる。


「ワタシが魔力をわざと露出させることで、グラーティアさんを誘い込むのに合わせてぇ、あなたは愚直にワタシを追う素振りを見せる一方、少なく見積もっても三十はあるこの付近の部屋全てにぃ、罠をしかけたということなのですねぇ」


 時空の歪んだ洋館内部を正確に把握した上で、舞羽から与えられる魔力の痕跡という情報を元に、おおよその現在地を特定。


 それでも、舞羽が固有魔法を用いて逃げ込む可能性のある部屋全てに罠を仕掛けるのは、追跡を続けながらいちいちその場所を巡っていれば絶対に間に合わず、おまけにそのような露骨な動きをしようものであれば、策は露呈してしまうはずなのだ。


「ワタシに一切気取られぬまま、仕留めてみせたぁ。それすなわち遠隔操作で大量の罠を、追跡するフリをしながら、短時間で仕掛けてのけたぁ。魔人に向ける言葉ではないかもしれませんがぁ、マルチタスクにも程がある。人外じみた集中力ですねぇ」


「これくらい然るべき訓練をすれば、魔人なら誰でも出来て当然だわ」


 涼しげな面持ちでサラリと流してのけるソフィアではあるが、魔力の精密操作に著しく長けたソフィアだからこそやってのけた芸当だ。誰にでも出来るとは彼女本人があくまで言っているに過ぎない。


「オマエの死に際の質問に答えたところで、私からも一つよろしくて?」


「どうぞぉ」


「オマエは誰だ」


「――っ、」


 舞羽は、正確には舞羽のフリをしている彼女は、血族審判で死ぬことを良しとしている。


 されど対戦相手であるソフィアに、彼女の抱える裏事情の一端を見抜かれているとまでは、流石に思いもよらなかったようだ。


 舞羽の偽物は、思わず表情を緊張で強張らせてしまう。


「……はてさてぇ、何のことやらぁ。ワタシは桐生舞羽ですよぉ」


「安心して頂戴。カマをかけただけだもの」


 クスクスと妖艶に微笑む、ソフィア。彼女は勝利が確定されたことで洋館内部から消えかかっていた。存在が希薄になっていく。


「以前、オマエが私を陥れた際、乙葉家側にメリットがあまりにもないこと、さらには今回の血族審判において、敗北すら受け入れるかのごとき姿勢だったこと。冷静になれば怪しさは見えて来るわ」


 本来、桐生舞羽は乙葉家分家筆頭の当主であり、現当主の麻里奈や次期当主の麗奈に強い忠誠を誓っているはずなのだ。


 グラーティア家がかねてより続けて来た敵陣営のプロファイリングからはやや離れた行動を取る今の舞羽に、多少の違和感は覚えて当然。


 それゆえのカマかけ。されどソフィアの直感は正解に近いものを導き出していた。


「ワタシは……誰かぁ。そうですねぇ」


 腹を括った、舞羽の偽物。緊張ではなく、諦観の色が彼女の面持ちを満たしている。


 肉体は血族審判にて敗北したことで、死を緩やかに迎えつつあるが、彼女から生への執着は全くもって見受けられないのだ。


「あなた方が乙葉月都を愛する限りぃ、ワタシはあなた方の敵ですよぉ。ただし、ワタシもワタシの本当の主も、乙葉月都のことを好いているぅ、むしろ味方のつもりなのですねぇ。乙葉月都が受け入れるかどうかは別としてぇ」


「……は?」


 言っている意味が分からないと、ソフィアは瞠目する。


「それでは、また別の姿でお会いしましょうかぁ」


 真意を問いただすよりも早く、ソフィアは勝者として異空間から強制的に脱出させられたのであった。


 残された敗者――桐生舞羽は肉体のダメージで事切れる。


 しかし舞羽のフリをした偽物は語ったのだ。まだ続きが、次がある――と。

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