第26話 血族審判 幻惑

「――キリがないわね」


 苦々しげに、ソフィアが呟く。


 血族審判における彼女の対戦相手は桐生舞羽。因縁があるどころの話ではない。


 されど舞羽はソフィアとかち合っても尚、相変わらずの胡散臭い笑みと言葉を並べ立てたかと思いきや、途端に逃走を始めたのだ。


 この異空間から脱出するには、決闘相手を下すしか道はない。


 舞羽の行動は愚策中の愚策。


 だがしかし、たとえ愚かな策であったところで、その策をとった者の実力が秀でていれば、それは充分以上に厄介なモノと化す。


 現にソフィアは舞羽が攻撃に転じていない以上、傷一つ負ってはいないが、当然のごとく舞羽を負傷させることも、開始から時間が経過した今も尚出来ていないのだから。


「おやおや、見つかってしまいましたねぇ」


 何故か魔導兵装を展開させることはなく、舞羽の装いはいつもの教師としてのスーツ姿。右手には魔導兵器と思しき香炉が。


 ソフィアの懸命なる追跡の末、五度目の邂逅を果たす。


「再びのさよならですよぉ」


 銃剣から放たれた閃光を軽やかに躱してのけ、舞羽は香炉を掲げ持った。一直線であったはずの廊下がグニャりと歪む。


 確かにここは戦うために魔力で形作られた異空間。時空は乱れに乱れている。


 だが、ここまで露骨ではない。


 歪んだ廊下の先で、何らかの幻惑作用がある固有魔法によって消えかかっていく、舞羽。


 ソフィアは逃すまいと、最高火力に近い砲撃を歪曲した廊下と、その先に佇む舞羽に向けて叩き込む。


 激しい閃光の後には、何事もなかったかのような廊下が、ただ真っ直ぐに伸びているだけ。手応えはない。


「そう」


 無駄足に終わったところで感情を沸騰させることなく、冷然とした態度で銃剣を肩に担いだ。


 乱雑にも思える所作は、ソフィアの威厳と気品を前には、そのような印象さえ容易に覆される。


「これで五回目。流石に私だってオマエを破る突破口は見つけられるってものよ」


 充分なデータの集積は終えた。


 後は悠々と逃げ延びていると勘違いした獲物の首に、牙を突き立てるだけ。






「今回も無事に撒けたようですねぇ」


 やれやれ――と。心底ホッとしたかのような口調で、舞羽はひとりごちる。


「グラーティア家の次期当主、及び学園の序列二位と正面からやり合おうなんてぇ、正気の沙汰ではないですよぉ」


 以前、共同作戦本部でソフィアを良いように操れたのは、彼女が平時の安定した精神を著しく乱していたのに漬け込んだがゆえのこと。


 今のソフィアに正面から立ち向かう気はなかった。


(ワタシの雇い主からは最早桐生舞羽の生存を維持しておく必要はないとのお達し……また本当の主に至っては、乙葉家のような木っ端には微塵も興味のないご様子)


 本心であれば適当なところで敗北、桐生舞羽としてさっさと死んでしまいたいものの、あまり露骨にヤル気を見せないでいると、それはそれでソフィア・アリシアのグラーティア母娘に裏を勘付かれる恐れがある。


 半分は自分で選んだ道とはいえ、下っ端とは辛いものだと微苦笑をしていると、敢えて残しておいた舞羽の魔力の残滓を嗅ぎつけたソフィアが、再び接近していることを知覚。


「さて――今回もゆるりと逃げるとしますかぁ」


 そう言って彼女は魔導兵器である香炉を掲げた。桐生舞羽の固有魔法は対象を幻惑する効果を有している。そのため直接戦闘ではなく、掩護、撹乱に向いているものだ。


 けれども本物の彼女は、対魔人戦において、類まれな頭脳と話術で敵を消耗させ、隙をついてハメ殺すといった手法を得意としていた。


 よって偽物の彼女もあくまで桐生舞羽らしく、ソフィアを何度も何度も疲弊するまで騙し尽くすことを試みる。


「見つけたわよ」


 曲がり角から、銃剣を携え疾走するソフィアが姿を現した。


 舞羽は香炉を掲げ持ち、固有魔法を展開。此度は自分とソフィアとの距離感を狂わせる。


 ソフィアは懸命に足を前に走らせているようではあるが、実のところ幻術に囚われた彼女は、一歩たりとも前に進んではいなかった。


 またも術にかかった様子を確認した後、舞羽は香炉型の魔導兵器を用い、固有魔法を重ねてかけることで、自らがソフィアから見て右の部屋に手を振って入っていくように見せかけた。


 しかしそれはフェイク。


 舞羽は気配と姿、及び魔力を巧みに消した上で、反対側の部屋に入った。


 そうして息を潜めて待つ。扉の向こう側では舞羽の予想通り、幻術に惑わされたソフィアが反対側の扉を開けている音が聞こえて来る。


『ハズレ……か』


 悔しさの滲む声音で、ソフィアが扉を閉めた音が響いた。


 続けて周囲の部屋も探索に移っているようだが、舞羽の逃げ込んだ部屋には、彼女が入った時点で、固有魔法によって強力な認識阻害の術がかけられている。


 余程のことがない限り、気取られることはないはずで――。


「っ――!?」


 そうして安心した心持ちで扉から離れた舞羽の足元には、光り輝く地雷原が埋め込まれていたのだ。

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