第24話 血族審判 強者

 龍が尾を振り回す。


 たったそれだけでホールさえもまたたく間に破壊を尽くされ、月都達は伝播する衝撃で外に放り出されることになった。


 洋館は広大だ。それでいてあくまで仮想の空間内であるために、これだけ滅茶苦茶をしておいて尚、洋館が完全に崩壊する気配は皆無。


 そうして両者が飛び出した先は森の中。まず初めに動いたのは乙葉麗奈が従える龍であった。


 低く唸りながらも、巨体を躍動させ突進を行う。


 人一人であれば簡単に潰れてしまうであろうその攻撃を、龍の肉体を触手で拘束させることで月都は封じ込めた。


 無色透明不可視のソレに絡め取られ、龍はのたうち回る。


 その隙を突くかのように、月都は弓型の魔導兵器に手をかけた。麗奈本人ではなく隷従させてある使い魔本体への攻撃であれば、固有魔法は発動条件を満たさないであろうという判断からだ。


 凝縮された魔力は矢へと形を変え、龍の肉体を貫いた。


 苦悶の声を龍は空に向かって轟かせるも、鱗は鎧じみた堅牢さを誇り、致命打には程遠い。


 それどころか月都の固有魔法【這い寄る触手】を力任せに破り、鋭い牙で彼の肉を裂きにかかった。


「――っ、危ねぇ」


 それでも既に触手が破られた瞬間には行動を開始していた。自らの元に集わせておいた触手で攻撃の軌道を逸し、回避するだけの猶予を作り出す。


 攻撃が不発に終わったことを理解した麗奈はさらなる命令を使い魔に与える。龍は先程、洋館の一部を破壊したブレスを放つ。


 とはいえ月都の魔力量は魔人の中でもずば抜けている。


 矢をタイミングを合わせて放つことで再び相殺。龍の操り主たる麗奈にその勢いのまま肉薄。暗器を投げつけるも――、


「温いぞ」


 やはり固有魔法【身代わり人形】が、麗奈の代わりに、致命傷を狙った暗器を受け取ってしまう。


 月都が手をこまねいている内に準備は整ったらしい。


 龍の全身を覆う鱗が、一際激しく煌めいた。


「さぁ、これが我らが真の乙葉家の威光。喰らうが良い。怪物よ!」


 巨体は苦悶にうめいた。


 次の瞬間、龍の体内に半ば強引な形で蓄積されていた魔力が暴発に暴発を重ね、ブレスを上回る威力の衝撃波として、月都に襲い掛かったのだ。






 洋館から離れていたのは幸いであった。


 幾ら現実世界でないとはいえ、中では麗奈の配下が聖戦に身を投じているのだ。彼女達の邪魔をすることは本意ではないと、麗奈は思う。


 代わりに森の木々は根こそぎ倒れ、もしくは灰と化し、周囲には幾つものクレーターが出来上がっていたが、そんなことは些事でしかない。


 乙葉月都が、虐げられるべき男が、倒すべき怪物がこの世から消えた。


 この功績を前にしてしまえば、どのような瑕疵があろうとも、無問題でしかないのだから。


「私は……勝った。なすべきことをやり遂げたのです。見ておられますか、母上、」


 そうして、ふと麗奈はあることに気付いた。


 気付いてしまったのだ。


 血族審判は一対一の決闘の末に相手を下さなければ、生きて現実世界に帰還することはまずルール上不可能で。


 だというならば、乙葉月都を抹殺したにも関わらず、何故麗奈は異空間の中に確固たる実在を未だ続けている――?


「――ばぁ」


 驚く程、熱意に欠けた声が背後から投げかけられた。


 気が付けば、月都が彼女の耳元に囁きかけていたのだ。


 認識からの行動に移すよりも早く、月都の暗器が麗奈の首筋を狙う。されど固有魔法【身代わり人形】は彼女の反応速度に関わらず発動されて然るべきなのだ――が。



 傲慢なる言の葉によって、固有魔法という概念そのものが消滅。


 遮るものは何もない。暗器の一閃。首筋から大量の血が迸った。


「奴を殺せ!」


 退魔の祝福を受けているがゆえに魔人は頑丈だ。


 頸動脈を切り裂かれた程度では死ぬはずもなく、もう一度の攻撃を麗奈は従える龍に命じた。


「遅い、遅過ぎるぜ」


 だがしかし、麗奈が自ら受けた傷に気を取られている内に、弓を月都はとっくに引き終えていた。


 空から暴力的な数を誇る矢が、雨のごとく降り注ぐ。


 断末魔と共に、龍は矢の雨に呑まれて消滅。


 さらに麗奈は現在、月都の固有魔法の影響で【身代わり人形】を顕現することが出来ずにいた。


 残されたのは双剣型の魔導兵器のみ。だがしかし、蛍子やあずさ程に近接戦闘に秀でてはいない麗奈が、小細工なしで月都に勝てる道理などありはしない。


 これらの現状を秒にも満たない速度で把握。呆然と立ち尽くしたままの義姉の間抜けな顔を嘲笑いながら、月都は新たなる言の葉を紡いだ。



 全身全霊、微塵も手加減なしに。


 絶対的強者たる月都が死ねと命じたのだ。麗奈は死ななければおかしい。


 ゆえに乙葉麗奈は今ここで死んだ。生物としての生命活動の一切を停止した。


 ドサリと、崩れ落ちるむくろが出来上がる。それと時を同じく、月都の肉体は身体の先から光の粒子と化した。


 対戦相手を下したことで、血族審判を制したとシステムに認められ、現実世界に帰還する権利を勝ち取った証拠である。


「悲しいことに、これで終わりじゃねぇんだな。とびっきりの悪夢を血族審判の後に見せてやるから、暫く待っててくれよ」


 紫子から譲り受けたペンダントを掲げ、そこにナニカをしまい込み、最初の勝者として月都は血族審判の舞台から生きて退いた。

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