第23話 血族審判 怪物
滑らかに刃が滑る。
麗奈の振るった双剣が月都の喉元に迫った。
一歩、後ろに下がり、彼は固有魔法【這い寄る触手】を発動。無色透明不可視のソレを盾として用いた。
あわや刃は見えない肉の海に溺れかける。それでも刃が完全に封じられるよりも早く、麗奈は触手の殺到する区域から軽やかな身のこなしで離脱を果たしていた。
だが、月都がタダで逃すはずもない。
月都は手を掲げ、厳かに宣言する。
「壊れろ」
固有魔法【支配者の言の葉】。月都の固有魔法は異空間にさえ干渉を果たす。
二人が戦場とする洋館の廊下、その壁が一斉に轟音をたてて崩れ落ちた。
月都は一歩たりとも動かず、迫りくる瓦礫を触手のみで弾く。
「――この程度で私を倒せるとでも思ったか?」
けれどもこれで仕留め切れる相手ではない。崩落から逃れた麗奈は、月都の隙を狙い双剣を繰り出した。この至近距離で弓は引けない。
構えをとり、懐に忍ばせておいた暗器で双剣の斬撃を受け流す。
「燃えろ」
今度は間接的にではなく直接、麗奈を害する言の葉を紡いだ――が。
「無駄だ。貴様の攻撃は私の固有魔法を前には届かぬ」
彼女が火柱となって燃え盛ることはなく、だがしかし背後に陽炎のように揺らめきながらも控える黒い人影が、見るも無残な様相で代わりに赤い火花を散らしている。
極東魔導女学園序列四位【
自らに向けられるありとあらゆる攻撃を、背後に従える影に肩代わりさせることを可能とするのだ。
「便利な固有魔法だとは認めてやろう」
虐げられる立場の男でありながら、不遜な態度。
魔人としての典型的な価値観を有する麗奈にとって、月都の振る舞いは強い苛立ちを覚える類のものであった。
必然、彼女は眉根を寄せたのみならず、眉間の皺が色濃く刻まれてもいた。
「それでも固有魔法である以上、維持をしていくには魔力が必要。俺とあんたの魔力量の差が大きい以上、どちらが先に果てるかは簡単に分かりそうなもんだが」
至近距離での攻防を続けながらも、ひどくつまらなそうな調子で月都は語る。
「果たして、そう上手くいくものかな?」
しかし対する麗奈、月都の義理の姉は不敵に笑ってのけた。
今までは双剣という魔導兵器を操る以上、敢えて接近戦に持ち込んでいたものの、その彼女の側が大きく飛び退ったのだ。
距離が離れたことを見越して、暗器と触手による迎撃から即座に弓による攻撃へと移行する。
引き絞り、発射。
一見すると無防備な麗奈の腹に突き刺さりそうではあるが、やはり彼女の固有魔法【身代わり人形】が代わりに腹を貫かれた。月都は小さく舌打ちをする。
だが、問題は別な部分にも生じたのだ。
「喜べ。使ってやろう。確実に貴様を殺すために、我々は手を用意していたのだよ」
瞬間、濃密な魔力が一帯を覆い尽くし、弾けた。
元より月都の固有魔法によって破壊された廊下はさらなる崩壊を遂げる。結果、隣接するホールまで空間は筒抜けとなった。
急速に確保された広々としたその場に、長い尾を持ち、全身に鱗を纏わせた爬虫類が威風堂々と君臨する。
「真の後継者たるこの私が、乙葉家に代々伝わりしこの龍をもって、怪物にトドメを刺してやろう」
威勢の良さとは裏腹に、麗奈は肩で息をしていた。その原因は過去に乙葉の血族が調伏した使い魔を顕現させた負荷であろう。元々この龍は月都の母が正当なる所有者であったものの――、
「そうか。母さんから掠めとったな」
光の消えた瞳で簡単な予想を導き出す。
思えば月都は目の前で実母たる夕陽が麗奈の母に殺されたことだけを着目していたが、その際に乙葉家の血に伝わりし秘密兵器を強奪しておくくらい、あの陰険な女はするだろうと、自らを納得させた。
勿論、納得したのはあくまで理性だけの話。感情は怒りで昂ぶる一方なのだが。
「俺が……怪物……怪物ねぇ」
人型と比較すれば、かの龍の実力は大きく劣る。
だが、血族の間で何度も何度も兵器として改良を重ねたことで、その使い魔はただの大型からは考えられないまでの強さを秘めていたのだ。乙葉麻里奈、麗奈の手に渡ってからは尚更手が加えられていて然るべきだ。
現に今も、龍は月都の記憶にあるよりも強烈な魔力をブレスとして吐き出した。一直線に闇が奔る。
魔人であろうとも直接喰らおうものであれば最後、消し炭になる威力を秘めたソレを、月都は真っ向から矢を放つことで相殺。
「おまえらが俺を怪物に育てたんだろう?」
本当に良かった――戦闘の最中であれど、しみじみと月都は思った。
紫子から譲り受けたアレが、懐の中には仕舞われている。
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