第22話 血族審判 開幕
控えの間から出た月都達一行は、乙葉とグラーティア。両家の魔人達が作成した異空間の入り口付近へと到着した。
血族審判の開始は間近。されど仲間と突入するよりも前に、月都には先んじて受け取るべきモノがあったのだ。
「はい、これ。旦那さんが欲しがっとったもんやさかい。受け取りな?」
母として蛍子との会話を終えた紫子は、人目を避けつつ、月都に頼まれていたあるモノを彼に直接手渡した。
「助かりました、ありがとうございます」
目的を果たすために必要なソレを懐にしまい込み、月都は精一杯の感謝を伝えるべく、頭を深々と下げた。
「アリシアに頼んでも良かったんとちゃう?」
「そうなんですけど……彼女は姉ちゃんと一緒で、優しいところがありますから。無理をさせるわけにはいきません」
「ふふふふふ。確かにそうかもしれへんな」
二人の話題に出たアリシアは、現在異空間作成の指揮を取っている。
公平性を保つため、両家が揃って会場となる空間を維持するのは、血族審判の慣例であった。
「お礼とかは別に考えんでもよろしいわ。使い道もなく家の蔵ん中に無駄に転がっとったのを持って来ただけやしなぁ」
何やら月都が申し訳なさげな顔をしていたことに気付いた、紫子。
いらぬ気は遣うなとばかりに、ゆるゆると首を横に振った。
「それを使って旦那さんは、どないな愉快なことをしてくれなはるんやろうか? 楽しみにさせてもらうで」
クスクス、と。母でもなく当主でもない。女としての顔で紫子は歪に微笑んだ。
紫子と別れ、月都は皆の元に戻る。
必然、対戦者達の動向も半ば無意識の内に視界へと映り込む。
「――っ、」
ふとした拍子に、猫耳のメイドの少女と目が合った。合ってしまった。
以前邂逅した時よりは互いに剣呑さが薄れているものの、両者共に諦観じみた敵意を纏ってはいたのだ。
「つー君?」
「わっ、姉ちゃん」
穏やかならざる空気を敏感に察したらしい。
ソフィアが心配そうな面持ちで月都の横顔を覗き込んだ。
「そんなにジロジロ見るような相手かしら。ひょっとして知り合い?」
「えーと、あずさの元後輩らしい」
「まぁ」
「俺も前に学園内で会ってるんだが、あいつはあずさのことが好きなんだって」
「なるほど」
月都の説明を聞き終え、ソフィアは口元に手を当てて、思案のポーズをとる。
「……早めた方がいいのかもしれないわね」
「姉ちゃん?」
何故今ソフィアが考え込む必要があるというのか。疑問に感じた月都は思わずたじろいでしまう。
「こっちの話よ」
それでも思い詰めているわけではないようだ。月都を安心させるかのように、その肩をポンポンと気安く叩いた。
「それよりも、そろそろ始まるわ。行きましょう」
対戦者達は定められた時刻に、決戦の舞台となる異空間内へと入場した。
魔人と魔力蠢く裏の世界ともまた質の異なる世界へと足を踏み入れたことで、軽い酩酊感を覚えたのも束の間のこと。卓越した魔人、尚かつ膨大な魔力を有する月都はすぐ様別なる環境に適応していく。
グルリと辺りに視線を巡らせると、アンティークめいた装飾が施された一角に月都は立っていた。
この空間は古びた洋館をモチーフにしたものらしい。そう判断した月都。彼は長い廊下を戦場には相応しくない軽快な足取りで歩むのだ。
「月都。やはり貴様か」
その先に、人影は現れる。声は最悪なまでに聞き慣れていた。
「あんたが俺の対戦相手ね。ドンピシャにも程がある……けど。そうなって然るべきか。血族審判ってのは因縁のある相手が対戦するよう仕組まれたシステムだからな」
乙葉麗奈。理性ではなく感情から決して認めたくはないものの、姉と呼び慕うソフィアよりも、外見や面差しは月都とそっくりなのだ。勿論、いとこなので当然のことかもしれないが、その当たり前さえ受け入れ難い程、月都の憎悪は根深い。
「私はこれまでと変わることなく断じて貴様の存在を許容しない。裏の世界のみならず、表の世界の平穏のためにもだ」
「あぁ、そうかい。そうかよ」
これもまた自らと同じ、旧陸軍の軍服めいた魔導兵装を纏う麗奈を、
「何がおかしい?」
「ん?」
「相変わらず、腑抜けた面をしおって。腹立たしいにも程がある」
「俺、笑ってるのか」
けれども死んだ眼とは裏腹に、月都の顔には喜色満面と表現しても不足はない、圧倒的笑顔が刻まれていたのだ。
ただし本人は麗奈に指摘されるまで、全く気付いていなかったようなのだが。
「でもなぁ、そうだよなぁ。当然だろうぜ」
ようやく腹からこみ上げる笑いを直に感じ取ったのか、苦しげに身を
「俺が絶対に殺したいのは一人だけ。無尽蔵に被害を増やすのは、母さんの手前なるべく避けたいわけだ。だけど、仕方ない。血族審判だなんて大事に俺の預かり知らぬ内になってしまって、おまえを殺さなきゃ生きられないのなら――まだ正当さ」
「何をゴチャゴチャと
明確な苛立ちを顔にのせて、麗奈は双剣型の魔導兵器、その切っ先を肉親であるはずの月都に容赦なく突き付けた。
「不愉快な存在がその言葉をのたまうか。あははっ。あはははは! いいさ、許してやる。今くらいは許してやってもいい。どうせおまえはここで終わるんだ」
目の端に笑い過ぎたがゆえの涙をためて、それを乱雑な仕草でゴシゴシと擦った後、月都は自らの魔導兵器である弓を手にとったのだ。
「残念だなぁ! 俺は殺したくないのになぁ! 殺さなきゃどうにもならないから! 俺は悪くなんてないんだよなぁ!」
「この――下郎が!!」
極東魔導女学園序列三位【
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