第21話 偽物の本音

 閉鎖空間内での四対四。


 敵対する家の者同士が魔力を使用して作成した空間にそれぞれの対戦者達を送り込み、決闘形式で戦わせる。


 敗者は死を、勝者は生を掴み、より勝者の多い陣営が戦争の総合的な勝者となる。


 さらに血族審判に勝利した家には、魔人の世界の決まりごとさえ無視してしまえる権利が与えられるのだ。


 それを用いて乙葉家を壊すこと。逆襲ではなく復讐を掲げた月都にとっての現時点における一番の目的であった。


「ついにこの時が来た……か」


 控えの間にて、旧陸軍の軍服に似た装いの魔導兵装を纏う月都が、腕を組みながら重々しく呟いた。


「俺はここにいる全員が負けるはずなんてないと盲目的に信じている。とはいえ降りても責めはしないがな」


「あらあら、まぁまぁ」


 そう言って集った面々を見回すと、最初に応えたのはやはりと言ってはなんだが、月都と同じく裏の世界に対する強い憎悪を秘めし者。


「月都様の奇跡的偉業を目前に、たかが雌豚ごときが、それを間近で目撃する機会に躊躇するはずなどありませんでしょう」


 頬に手を当てて、たおやかに蛍子は微笑む。


「もしも死ねば、わたくしの価値はそれまでに過ぎなかったということ。月都様が気に病まれる必要など皆無でございますので」


 魔導兵装にはよくある布面積が少なく肌面積の多い巫女装束に身を包む様は、扇情的かつ大和撫子に相応しい気品があり、されど漏れ出る激情は復讐者のソレでしかない。


「ありがとう。ただくれぐれも自暴自棄にはなり過ぎるなよ」


「相変わらず、優しい御方」


 彼女の激情に同族として理解を示しながも、月都は蛍子を気遣ってみせた。


「この流れがつー君の望んだ展開だったところで、争いを招いたのは以前軽率な行動をとった私の責任だわ」


 改めてそう口にしたのは、スレンダーな肢体を危うくも華麗に覆う純白のシスター服と金色の波打つ髪を隠す頭巾ウィンプルが目を引く、月都の最愛の姉だ。


「落とし前はつけさせてもらう。その上で、アナタの夢を私はお姉ちゃんとして応援したいの」


 ソフィアは以前のように暴走することも、さりとて怖じ気づくこともないまま、澄んだ碧の双眸に理性を蓄えて告げた。


「付き合ってくれて、嬉しい。姉ちゃんがいてくれるだけで、とても心強いんだ」


「私もよ。つー君が必要としてくれるなら、私は悪魔にだってなれるもの」


 そんな姉の力強い姿に、元から充分以上にあるはずのソフィアへの愛を月都はより実感することになった。


「ご主人様。あずさ達は絶対に死にません。必ずやあなたの望む勝利を全員が生きて献上してみせます」


 日常の愛らしさは今は不要としまい込み、怜悧な面持ちで月都を仰ぐのは、兎耳を長い銀髪のてっぺんから生やしたメイドだ。


「ですので、どうかご自身の逆襲ならぬ復讐に全力を注いでください」


 常に月都の従者としてメイド服を着用するあずさではあるが、今の彼女はミニスカート丈の戦闘に適したであろうメイド服型の魔導兵装を展開させていた。


「そうだな。折角、殺してもいい建前が出来たんだ」


 蛍子の、ソフィアの、あずさの。


 頼もしい仲間の姿を順繰りに見つめ、月都は逸る想いを拳にこめることで何とか抑え込んだ。


「頼む。乙葉家を、母さんを謀ったクソ女共を、共に嬲り殺しにしてくれ」









「諸君。これは聖戦だ」


 月都達グラーティア家陣営が結束を強めていた頃、血族審判に挑む乙葉家もまた、控えの間で闘志を結集させていたのだ。


「人類を守護する誇り高き種族、魔人の存続を脅かす罪人共を、血族審判の場を借りて、一刻も早く滅さなければなるまい」


 乙葉麗奈――月都のいとこにして義姉は憎悪をたぎらせた上で、淡々と言葉を連ねていく。


「我が母を卑劣にも殺そうとしたグラーティアの娘、使用人と当主の間に生まれた唾棄すべき一ノ宮の落胤らくいん、我らを裏切りしいした暗殺者」


 男に対してのみならず、グラーティア家に集った自身と母への敵対者。その罪状を一つ一つ丁寧に並べ立てた。


「そして裏の世界だけではない。表の世界すら滅ぼし得ることの叶う災厄、乙葉月都。奴は私達が慈悲をもって飼い殺してやろうとしたにも関わらず、恩知らずにも逃げ出したどころか歯向かった。男の分際でだ」


 拳を振り上げて、血族審判に挑む自分を含めた全てを鼓舞するのだ。


「殺せ、殺せ、殺せ。そうして奴らを罰した暁に、改めて裏の世界一丸となり、魔神という世界の危機に立ち向かうのだ!」


「お流石です! 麗奈様! 勝利と栄光は我らが真の乙葉家の元に!」


 乙葉の家系に連なる魔人が一人、麗奈の宣言に触発されたのか、狂喜じみた快哉をあげた。


 ただし残る二名、暗殺者たる猫の表情は晴れず、また胡散臭い笑みを顔に貼り付けた桐生舞羽は、どこか冷めた調子でされどそれを悟られぬよう立ち回っていた。





 

「おやおやぁ。何やら浮かない顔のようですがぁ」


「……桐生様」


 麗奈と彼女に近しい女が控えの間から離れ、室内に残されたのは舞羽と猫のみ。


 そんな中、何を思ったのか舞羽は馴れ馴れしくも、部屋の隅で佇む猫に声をかけた。


「血族審判の参加者に私のような賤しい身分たる暗殺者が選ばれた栄誉を、噛み締めているだけですよ」


 メイド服の暗殺者――猫は驚いたように舞羽を見上げる。


 彼女のような下々の者にとって、乙葉家分家筆頭当主は雲の上の存在。自発的に親しみをこめて暗殺者に対して話しかけてくるなど、ありえないと言っても過言ではなかったからだ。


「本当にぃ? それだけですかぁ?」


 ニヤニヤ、と。元より胡散臭さしか感じさせない笑みを、舞羽はさらに深化させていく。


 立場上表には出来ないとはいえ、猫は思わず警戒心を強めざるを得なかった。


「そういえばお聞きしましたよぉ。学園内であなたがグラーティア側の暗殺者――白兎あずさに食ってかかったとぉ」


「……っ!?」


「この情報は私の方で堰き止めておりますのでぇ、まだ昏睡状態にあるご当主様には勿論のことぉ、麗奈様にも伝わってはおりませんよぉ。安心してくださぁい」


 唇に人差し指を当てて、おどけた風に舞羽はポーズをとった。


「暗殺者としての先輩。というだけの関係性ではないのですよねぇ? あちらはそうでなくともぉ、少なくともあなたの側は」


 だがしかし、この話の終着点が未だ不明な以上、とても気の抜けるような状態ではない猫であるのだが。


「迷いの多い状態で戦も何もあったものではありません。降りた方がよろしいのではぁ? 逃げたところでワタシは咎めもしませんしぃ、むしろ協力して差し上げてもよろしいですよぉ?」


「降りません! 絶対にです!」


 けれど、猫は気が付いた。憐憫に満ちた眼差しを舞羽が己へと向けていることに。


「私は所詮捨て子。表の世界でいらないもの扱いされた存在です。そんな私を重用して頂いた乙葉家の皆様を裏切るような真似は断じて出来ません」


 暗殺者として、また伝説的な暗殺者――兎に育てられた者として。


 裏の世界のさらに影に潜む者。それでも誇りはあった。


「せめて愛しい先輩は――私の手で」


「なるほどぉ。そうですかぁ。そこまでの決意を済ませているのならばぁ、私が止めることは最早出来ないのでしょうねぇ。いはやは、残念無念」


 心は揺れている。大切な先輩と戦いたくないのは本心でしかない。それでも裏切った暗殺者をこの手で終わらせるのもまた慈悲であるのだと、他ならぬ彼女から猫はかつて教わっていたのだ。


「いえ、私のような下っ端を乙葉家分家筆頭当主様からお気遣い頂けるなんて光栄でした。ありがとうございます」


 誇りに踏み込む行為ではあった。それでも理由は分からないが、舞羽はどうやら彼女なりに猫を気遣っていたらしい。


 ゆえに感謝を示すべく、深々と猫は頭を下げた。


「それに例え力及ばずに敗北したところで、兎先輩に殺して頂けるのなら、本望ですから」


 諦めていないとは、そういう意味だ。


 白兎あずさを名乗るようになった暗殺者は、身も心も乙葉月都が染められてしまっている。取り返せはしないだろう。


 であれば、少しでも愛しい彼女の記憶に残る形で、側に寄り添いたいと願ったのだ。









「全く……裏の世界ってのはどうしたって、こうも陰惨なのかね」


 猫も去った控えの間にて。


 桐生舞羽に見せかけた偽物は、思わず素の口調で本音をこぼしてしまう。


 プロとしてはあるまじき失態。偽物はハッとした表情を形作った後、まずは無を取り戻す。


 そうして最後には桐生舞羽らしい人を食ったかのごとき笑みを浮かべ、何事もなかったかのように彼女も部屋を後にするのであった。

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