第13話 思い出

 我が子の方が可愛い。


 至極親馬鹿な母二人――それだけであれば微笑ましい話で終わるのだ。


(これが魔人の、さらには極東魔導女学園元序列三位と序列五位でなければという注釈がつくけどな)


 魔人の最盛期は一般的に高校生の年代、十代後半とされている。幾ら強力な魔人であったとしても、二十代半ばを過ぎた頃には魔導兵装は展開出来なくなるのが常だ。


 アリシアも紫子も今は魔導兵器と固有魔法しか扱えない。


 それでも尚、二人の戦いは現役世代の月都から見ても遜色ない動きであった――。







 レイピアを構えたアリシアが、紫子の間合いへと一足飛びで詰めてみせた。


 対する紫子は薙刀を旋回させる。同時に紫の炎が振るわれた軌跡に沿って燃え盛るのだ。


 行く手が炎に遮られたにも関わらず、アリシアが臆して後退することはない。


 獣のように身を低く屈めて、愚直にも突進を続けていく。


 アリシアのレイピア、その切っ先が紫子に迫った。


 金属と金属の擦れ合う音が鳴り響き、紫子が上から振りかぶった薙刀と、アリシアが下から突き出したレイピアが激突。


 力は若干ではあるものの、紫子の側が勝るらしい。


 鍔迫り合いの最中、徐々にパワーで圧倒されていることを察知したアリシアは、これ以上の有利を相手に許すよりも前に、衝撃を受け流しながら自ら後ろへと飛んだ。


 追撃を加えるべく紫子は遠距離から火の玉を放つ。優秀なホーミング性能を有するがゆえに、その攻撃はアリシアを正面から捉えたと思われた――が。


「せいやぁぁぁぁぁぁっ!!」


 未だアリシアの足は地についてなどいない。にも関わらず彼女は極限の集中をもってして、レイピア一本で複数の火の玉を切り裂いた。


 永遠にも思えた時間は通り過ぎ、アリシアはテーブルの上に着地。


 勿論、先程まで月都達が囲んでいたはずのその場所には飲みかけの紅茶が並べられていたのだが、あろうことか部屋の主であるアリシアがそれらを土足で踏み荒らすのだ。


 しかしアリシアは常の慎重な姿勢を置き去りに、ただ敵影を見据え、首をガクンと唐突にも思える所作で前に倒した。


 一拍置いて薙刀が空を切る轟音と共に振り抜かれていた。回避が遅ければ、アリシアの首は飛ばされていたに違いない。


 お返しとばかりに剣の間合いに飛び込んで来た紫子に強烈な前蹴りを食らわせる。


 ただし紫子は焦らずに後退することで回避。またも薙刀を旋回させて炎を発生。意図して戦闘中の空白を作り出す。


 先程のように炎の壁をくぐり抜けようとしたところで、アリシアは悟った。これは罠であるのだと。


 誘導された箇所に飛び込んで、何も起こらずに済むなどという甘い想定で満足出来るようであれば、彼女は魔人の名門の当主になってはいなかった。


 だからこそ、アリシアは魔力を脚に纏わせ飛び上がった。さらには天井を足場に上空から紫子に襲いかかる。


 誘導は失敗。されど次善の策を用意していないわけがない。待ち受けていたとばかりに、紫子は唇の端を吊り上げる。彼女は薙刀を掲げ持っていた。


 魔力を込めた刺突と紫の炎の渦がぶつかり合い――爆発、そして爆風。


 応接室には最早何一つたりとも無事な箇所はない。


 月都は自らの膨大な魔力で防御が可能なので良しとして、魔人二名の戦闘を微塵も想定していない応接室の家具は根こそぎひっくり返り、窓ガラスは割れて砕けていた。


 舞台は変わり、両者は弾丸のごときスピードで外に飛び出す。


 ハラハラとした心境ながらも、月都はアリシアと紫子から充分な距離をとった上でその後をついていくのだ。


「若様! ご無事ですか!?」


「あ、オリヴェイラさん」


 血相を変えて月都に駆け寄って来るのは、グラーティア家の従者を務める品の良い老婆――オリヴェイラ。けれども、彼女は今まさに自分の主とその同盟相手が争っている姿を目の当たりにしたことで、むしろ落ち着きを取り戻した表情をみせる。


「まるで昔のアリシア様に戻ってしまわれたかのようですね」


 苦笑混じりのオリヴェイラの反応とかつての母の思い出話を統合して、ともすれば豹変したかのようにも映るアリシアの今の姿がやはり素であることを月都は改めて把握するのだ。


「こっちのアリシアさんの方が、本来の姿に近いんですか?」


「えぇ。旦那様と出会って、母となり。学園時代とは比べ物にならぬ程に淑女らしさには磨きがかかったものの、どこかご自分を押し込めるようになってしまったものですから」


 月都は納得の意をこめて頷く。


 確かに今のアリシアは生き生きとしていた。自分の愛した母が親愛を覚えていたのはまさしくこの姿だったのかと実感を得て、彼はどこか懐かしい気持ちを覚えた。

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