第12話 経験者は語る

「桜子ちゃんは蛍子と会うのが不安なの?」


 初対面でありながら、子ども慣れしているソフィアは桜子からの信頼度を、短時間にて大幅に上げていたようだ。


「五年前、蛍子お姉様の御父上を死に追いやったのはわたくしの祖母ですわ。今更、何も出来なかったわたくしに、合わせる顔なんてありません……」


 これまで抱えていた不安を、桜子自らが打ち明けるまでに、心を許したらしい。


「でも、本心では大好きなお姉ちゃんに会いたいからここに来た。そうでしょう?」


「……はい」


 ソフィアの鋭い指摘に、桜子は小さく首を縦に傾かせる。


「桜子ちゃんがどうしてあの子に負い目を感じているのか、当ててみせましょうとも」


 ピッ、と。人差し指を一本立てて。いつにも増して柔らかな口調を努めて意識したソフィアが告げた。


「無力感に苛まれている。自分にもっと力があれば、物事は上手く回ったのにっていう想定がやめられない――そういうことじゃない?」


 弾かれたように、桜子は顔を上げた。


 蛍子によく似たされど濁ってはいない紫の瞳は、驚きからか真ん丸に見開かれている。


「どうして、分かったのですか?」


「私もそうだったから。いいえ、今もそうなのだけれど」


「力の及ばないわたくしは元より、ソフィアお姉様程の魔人であってもそうなってしまうので――?」


 桜子の切迫した問いかけに、自嘲じみた笑みを浮かべたままのソフィアは、暫し黙考する。


「少し私の話をしましょうか。大丈夫?」


 脳裏には様々な思考が駆け巡ったのであろう。けれども自らの体験談を織り交ぜて励ました方がより効果的であるのだと、結論は迅速に導き出されたようだ。


「構いません。お聞かせくださいまし」


 桜子は真剣そのものの眼差しでソフィアを見上げる。一字一句聞き逃さまいとするかのごとき気迫であった。


「私の弟はね、魔人として私以上に強かったのよ」


「月都お兄様のことですね?」


「そう――でも見た目には本当に弱々しい子だったから。小さい頃は私が守らないといけないって勘違いしていたわ」


 現在、二人は旧学生寮前に置かれたベンチに腰掛けている。


 あずさはソフィアの勧めを断り、側にある池の周りを所在なさげにフラフラと歩いていた。


「森の中で使い魔に襲われて、ついに過去の私は知ってしまった。つー君は私なんて及びもつかないくらい、天才であったことを。勿論、自分がひどく無力であることも合わせてね」


 ギュッ、と。ワンピースの襟元を桜子は握り締めた。一ノ宮家の正統な長女よりも、庶子である蛍子の方が魔人としての才に溢れている――とは、魔人界隈では有名な話であり、尚かつ彼女は幼いながらに大人達の事情を察するだけの聡明さを備えていた。


 この構造の歪さは、近頃は使い魔退治ではなく家の運営に力を入れるようになった紫子が大方是正したとはいえ、姉妹間の軋轢が本人達の好意や意思とは無関係に生まれてしまうことは避け切れなかったのだ。


「彼に助けられたその直後、つー君とは色々あって自由に会えなくなってしまったの」


 自らの不甲斐なさのせいで、蛍子やその父を政治的に苦しい立場に追いやった負い目を感じる桜子の傍らで、ソフィアは淡々と語るのだ。過去を懐かしみ、また悔やむかのように。


「凡才なりに頑張ったわ。囚われた弟を迎えに行くために。だけど私は結局間に合わず、あの子は知らぬ内に壊れてしまったのよ」


 離れた距離で二人の様子を覗うあずさにとっても、今ソフィアが語る過去は、身に沁みて理解出来る類のものだ。


 自然、頭から生えた兎耳がピクピクと小刻みにうごめくこととなる。


「だから、学園で再会してからというもの、どうにも過保護になっちゃってね」


 ため息がソフィアの口からこぼれ落ちた。


「つー君は自分自身の人生、あるいは夢のために戦うって決意していたけれど、当初私は大反対だったわ。どれ程恥知らずだと理解していても尚、これ以上つー君に傷ついて欲しくないと願ってしまったの」


 ソフィアがその方針の元に動いていた時分は、あずさと彼女の仲が相当険悪だった頃合いでもある。


 とはいえ、互いの人となりをそれなりに知れた今となっては、かつてのソフィアの頑なとも思えた考えにも、一定の共感は覚えるあずさなのだ。


 単にこの女は、姉として月都を想っていた。表も裏もない。それだけの簡単なこと。


「その結果、まぁ盛大に先走って失敗したわ。元より血族審判なんてゴタゴタ起こした戦犯は、他ならぬ私なのだから」


 反省の色は濃いが、苦笑いを浮かべるソフィアは以前と同じく意気消沈してはいなかった。その横顔には前を向く意志さえ感じられた。


「思えば後ろ向きに過ぎたのよ。いっそのこと、不格好ながらもつー君と共に前に先にと、進むべきだったのかもしれないわね」


 煌めく金色の髪を耳にかけ、ソフィアは自らの体験談を締めくくる言葉に入った。


「つー君が危険な戦いに赴くことに不安は多い。だからこそ、せめて側で力になれるように頑張ろうって、今はようやく考えられるようになった。それこそが家族なんだって、何度も何度も間違えに間違えて、思えるようになれたの」


 そこで、正面に向けていた目線を、ソフィアは隣に腰掛ける幼き少女へと移した。


「私は十八年も生きているのに、こんなに失敗ばかりなのよ? ちなみに桜子ちゃんは、今いくつかしら」


 あどけない桜子の面持ちが、傍目から見ても明らかなまでに困惑でいっぱいになる。


「わたくしは今年で十一になりますわ」


 だが、持ち前の素直さを発揮して、ソフィアの質問に丁寧に答えてみせた。


「こんな大きな女ですら、やることやらかす上に、力が足りない場面なんて多々ある」


 なるほど、上手い――と、あずさは密かに拍手を送っていた。


 身の上話を喋るだけであれば簡単だが、そこにソフィアは桜子の心のモヤを取り払う工夫を施してもいたのだ。


「まだまだ桜子ちゃんはこれからなんだから。変に引け目を覚える必要なんてない。仮に失敗したところで、めげない限り何回でもやり直せるわよ」


 そう言って、慣れた手付きで桜子の頭を撫でる。やはり桜子が拒絶することはない。


「第一、蛍子は桜子ちゃんのことをよく会話に出してるわよ。可愛い妹だって、ね?」


 話を振られたことに気付いて、あずさはスタスタと二人の座るベンチに近付く。


「えぇ、そうですね」


 ひとまずはソフィアの言葉に同意を付け加え、


「あずさ個人としても、蛍ちゃんのお話によく出てくるご家族に、お会いしてみたかったですし」


 不器用なあずさが不得手とする気遣いを、そこに精一杯こめるのであった。


「一緒に行きましょう? 蛍子のところまで」


 優しげに微笑みかけながら、ソフィアは桜子の手をとった。


「わたくし、頑張りますわ……!」


 桜子はソフィアの手を強く握り返す。励ましは届いたようだ。その確信を得たソフィアとあずさは顔を見合わせ、頷き合う。

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