第6話 暗中模索
月都はあらかじめ仲間内で定めているハンドサインであずさに合図をする。
吸血鬼との戦闘の傍ら、彼女の聴力は主人がソフィアと通話をしていることを耳聡く把握していた。彼女は主とその姉を信じ、合図された通りに校舎内へと逃げるように後退していく。
「お待ちになってくださいな」
あずさをも戦慄させる格闘技術や高速移動を振るいながら、吸血鬼は息の乱れ一つありはしない。
「私は、血が。血を。求めているだけなのです」
「おまえにくれてやる血なぞあずさにありません! ご主人様にはもっとです!」
吸血鬼から飛んで来る膝蹴りに、あずさは両腕をクロスさせてガードをいれる。
もつれ合う二人に合わせて、月都も後ろ向きに走りながら拳銃で援護を続けていた。
『次、その角を左に曲がって頂戴』
当然ではあるが月都はそしてあずさも、光源がロクにない旧校舎内部を初見で逃げ惑うのは無茶でしかない。
けれど、ソフィアはこの学園の理事長の娘であり尚かつ元生徒会長だ。
学園内部の情報については生徒の間で誰よりも詳しいと言っても過言ではなかった。
『横にスイッチがあるわね。押して』
姉の導きに従うまま、右手は拳銃、左手はスマートフォンで塞がっているゆえに肘でスイッチを叩くように押した。
その瞬間、月都の頭上から大量の水が降り注いだ。
しかしこの現象は月都のみならず、旧校舎全体で起こっているらしい。あずさの兎耳は水でペタンと折れ曲がり、吸血鬼の喪服も重く濡れていた。
『これであずさに多少の余裕が出来るでしょ?』
「あぁ、本当だ」
吸血鬼の身体能力は非常に高く、とりわけその速度は瞬間移動めいた技と合わせると、暗殺者たるあずさでさえ脅威を覚える程であった。
だが、今吸血鬼は水を吸って重い服を纏っている。
僅かではあるが水という重石を、肉体とは違って再生しない喪服に付着させることで速度の低下を目論むのみならず、吸血鬼が移動した先に喪服から滴り落ちる水が目印ともなるのだ。
切迫していたあずさの面持ちに、微かとはいえど余裕が戻りつつあった。
『そこは一階よね? 一気に三階にまで駆け上がって。そこから奥の部屋に向かうように』
「流石に階段を登りながら相手をするのはキツいんだが」
『大丈夫。一旦切り離せば良い。つー君、丁度隣にレバーはない?』
「……ある」
『それを引けば隔壁が展開される。時間稼ぎくらいにはなるはずよ』
月都はここに来て改めて戦慄する。
まるでそこに目があるかのようにソフィアは月都達をナビゲートした上で、旧校舎に仕掛けられたギミックの所在を正確に教授するのだ。実際には月都の曖昧な説明だけで彼らの位置を把握しているにも関わらず、だ。
「――喰らいやがれです!!」
月都の合図を再度受け、回し蹴りで吸血鬼の顎を撃ち抜く、あずさ。
水を吸って重くなった衣服を纏うことで挙動が鈍くなっていたがゆえに、彼女の蹴りは直撃した。
その隙にあずさは月都の元にまで全速力でかけ戻る。そして彼に目線で促されるまま、壁のレバーを一気に引いた。
ガシャン! ガシャン! ガシャン!
硬質で耳障りな音と共に、一階の廊下に佇む吸血鬼を遮断するかのごとく、複数枚の隔壁が展開される。
『今よ! 走って!』
「行くぞ!」
ようやく横に並んだあずさと共に月都は階段を駆け上がって、ソフィアの指示通り奥の部屋まで飛び込んだ。
遠くから隔壁が破壊される音が聞えて来るものの、まだもう少し時間は残されていそうであった。
『この部屋は魔力の精密操作の訓練に用いられていた』
繋ぎっぱなしの電話の向こうで淡々としたソフィアの語りが紡がれる。
『ガトリング砲はあるわね?』
完全に内部を理解、把握しているソフィアは部屋の中に置かれている備品を言い当ててみせる。
埃の被った布を取っ払うと、そこには年代ものと思しき一般兵器が。
『魔力が効かなくても単純な物理攻撃なら通用する。そこにあるガトリング砲は、表の世界で用いられる兵器を魔力で操作しながらも、射出される弾丸には魔力を含まれないようにするっていう授業のために設置されているの』
言われて月都は思い至る。
確かに授業で似たような兵器を用いて魔力の精密操作の訓練を行っていたはずだ。
――だがしかし、
「姉ちゃん、俺はどうやっても弾丸にこもる魔力をゼロに出来ねぇんだ」
『つー君は魔力量が莫大だから仕方ないわよね。ちなみにあずさは?』
「あずさは……その、うん。ちょっと苦手みたいで」
通話しながらチラと横を見やると、そこには水に濡れただけだとは到底思えないくらいに兎耳を
以前、あずさは該当の授業の際、魔力の細やかな操作が苦手過ぎるあまり、兵器の起動すら覚束なかった経験があった。
『じゃあ、私がやる』
「え」
『一応、以前授業で測定した時にゼロを出せたから』
言わずもがなのことではあるが、魔力の精密操作は相当に高等な技術だ。月都やあずさも上位の魔人でありながら、そういった細かな扱いは不得手としている。
「姉ちゃんはここにいないんだぞ? そんなに離れた距離で出来るのか?」
月都の問いかけに、特に気負った様子もない返答が戻って来る。
『出来るわ』
ブゥゥン、と。低い音と共にガトリング砲が起動状態になる。彼女の宣言通り、姉の魔力が旧校舎に設置された兵器を支配下に置いた証拠だ。
目の前にある兵器を魔力で操るだけでも難しいにも関わらず、あろうことかソフィアは遠く離れた場所から対象を見ることもなくそれを可能とさせた。
『ヤツを誘い込んで、蜂の巣にしましょう』
相当な集中力を要する状態。けれどもソフィアは一切苦痛を感じさせぬ様子で吸血鬼を撃破する策を月都達に伝えるのだ。
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