第5話 救いの手
魔導兵器が通じないということは、固有魔法もまた同様であるはずだ。
元より放った矢の手応えで、吸血鬼に魔力が効かないことは、月都の魔人としての直感で理解出来た。
無闇やたらに試行せずともその結論にたどり着いた月都とあずさの対応は早い。
まず、徐々に距離を詰めて来たかと思いきや、突然瞬間移動にも似た速さで飛びかかって来た吸血鬼を、あずさが素の身体能力で殴り飛ばす。
その隙をついて、懐の中に忍ばせておいた護身用の拳銃の引き金を月都は引いた。
狙った先は吸血鬼の心臓。弾丸は確かに人の心臓の位置と思しき部分を真っ直ぐに貫いた。
僅かに動きを止めることには成功したが、数秒後にはまた何事もなかったかのように喪服の女は動き出す。再生能力をも備えているらしい。
速度は並ではない。けれどもあずさは吸血鬼の素早さに的確に対応し、持ち前の動体視力と優れた格闘技術のみで対処していくのだ。
(ただし魔力無しの俺達では圧倒的に火力が足りない)
原理は分からないが、高速での移動能力を有し、月都の元へと向かおうとする吸血鬼を牽制し続けるあずさ。
だがしかし、魔人と同様の再生能力を保持している吸血鬼を前に、あずさも月都も決め手となるピースを持ち合わせてはいなかった。
幸いにも撤退する余裕は今のところまだある。銃を撃ちながらあずさの援護に加わる月都が、この先の選択について思考を巡らせる最中。
――ピロロロロ。軽快な電子音が鳴り響く。
ソレは月都が表の世界に出るにあたってあずさから持たされた、老人向けスマートフォン、通称やすやすフォンから流れ出る着信メロディであった。
今は緊急事態である。あずさが身体を張って吸血鬼の猛攻を受け切っているというのに、呑気に通話をするわけにもいかない。画面を見るだけ見て一旦無視をしようとした、月都。だが、そこに映し出された名前を確認して思い直す。彼は通話ボタンをタッチした。
『もしもし、つー君。私、今表の世界のチョコレートショップにいるの。蛍子は抹茶味がいいって聞いて、つー君はプレーンが好きっていうのは分かるけれど、あずさは何味が好きかしら』
「――姉ちゃん」
電話越しに聞くだけで、こんなにも切迫した局面であろうとも心安らぐ声が、月都の耳に滑り込む。
「知恵を貸してくれないか?」
ソフィアは名目上ではあるが乙葉家当主に手を出した罰として、極東魔導女学園理事長より謹慎処分を言い渡されており、現在学園には登校していない。
それでも来たる乙葉家との戦争、血族審判の準備のため、生徒会長代理となった小夜香の手伝いをするのみならず、様々な場所をグラーティア家当主兼理事長でもある母の補佐として駆け回ってもいたのだ。
一旦抱え込んでいたタスクを処理し、学園に戻ろうと空港に向かい、飛行機の待ち時間を潰しがてらチョコレートショップに入店したソフィアは、蛍子に続いて弟にも電話をかけた。
無論、ソフィアは月都のことを良く知っているので彼の味の好みは把握しているものの、最近親しくなったあずさについては分からなかったのだ。
そんな折に電話の向こうから聞えて来た月都の声音は、緊張と覚悟で満ち満ちていたのである。
すぐ様意識を日常のものから切り替え、チョコレートショップを後に人気のない場所を目指しながら、通話を続けていく。
「何かあったの?」
すると魔導兵器ではない断続的な発砲音や遠くに響く打撃音をBGMに、月都は吸血鬼なる謎の存在について、さらには自らの身の潔白を証明すべく、彼女を捕らえたいということまでをも語ったのだ。
「その話は知らなかったわね」
生徒会長の立場としてであれば、学園の生徒、しかも序列上位陣を五名ばかり襲ったとされる血を奪う正体不明の存在を把握しておくべきなのだが、生憎今のソフィアは代理の小夜香を手伝っているだけであり、そのような情報は耳に入らなかった――が。
(どうして周防は、私にこのことを黙っていたのかしら)
理事長にして母であるアリシアはまだ分かる。彼女はおそらく吸血鬼の存在については把握していたが、学生間で出回る月都が吸血鬼という噂までは、多忙ゆえ追えていなかったのであろう。
されど理事長よりも学園の運営に対して密に関わる生徒会長代理――小夜香が噂を知らないはずはないのだが? しかし今この時点で違和感を論じる猶予はなかった。
「つー君。あずさと協力して旧校舎の中に吸血鬼を誘導することは出来そう?」
『やってみる』
弟の声は一旦途切れ、暫くは発砲音や打撃音だけが電話を耳に当てた彼女の元に残される。
(さて、つー君に手を出す馬鹿者は蜂の巣にしてしまうに限るわ)
ソフィア・グラーティアは極度のブラコンである。たとえ月都が自分から首を突っ込んだ案件とはいえ、現状彼の安全を脅かす吸血鬼なる存在を許しておける理由など甚だしく皆無。
彼女の聡明な頭脳は吸血鬼を追い立てる絵図を素早く描き出す。
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