第4話 イレギュラー

 魔神がいる。極東魔導女学園の旧校舎付近に。


 プラチナブロンドの髪の少女はひどく親しげにあずさの肩に手を置こうとしたものの、対する彼女は魔導兵器である鎖を即座に展開。


「舐めるなっ!!」


 固有魔法を発動させる暇はない。そんなことをしていればのは明白なのだから。ただただ反射的に自らの肩に置かれようとしていた手を、鎖を振るって強引に弾き返す。


 結果、ソフィアのように不覚をとることもなく彼女の肩は無事なままだ。


「おおっと」


 鎖の勢いに押され、それでも危なげなく後退する魔神。



 逃がすものかと追撃を加える月都。彼は固有魔法【支配者の言の葉】によって魔神を中心とした炎を発現させた。


「大丈夫か!?」


「あずさに問題はありません! どうかお下がりください!」


 心配げに駆け寄る月都をあずさは瞬時に手で制し、主を背後に庇う形で戦闘の構えをとった。


「これはこれは。熱烈な歓迎にボクとしてはむせび泣くばかりだよ」


 先程火柱となって燃え盛った魔神は、既に炎の消火も肉体の再生も終えていた。


 少女と呼ぶには幼く、幼女と称するには大人びている。絹糸のごときプラチナブロンドの髪をたくわえた地球に封じられる厄災――魔神はまじまじとあずさを見つめた。


「不思議なものだね、兎のお嬢さん。キミはそこまであの堕天使のお嬢さんと力は変わらないはずなのに、こうも素早く的確に対応してみせるとは。勿論得意分野は異なりそうだけど……」


 陣形を組んだところで迂闊に手を出せるはずもなく、熟考する魔神から距離を取りながらも、月都達は彼女の一挙手一投足を見逃さぬよう神経を研ぎ澄ませる。


「なるほど」


 主従の警戒を知ってか知らずか、憎たらしいまでの和やかさで魔神は手を打ち鳴らした。


「兎のお嬢さんは、堕天使のお嬢さんとは違って、あまり幸せな人生を送って来なかったのかな?」



 あずさが激昂するよりも早く、主の固有魔法の発動が先んじた。


「何をしに来た、魔神。これ以上俺のメイドを侮辱するなら、タダじゃおかないが」


 淡々としているようでいて、その実憤怒のこもったギラつくまなこを向ける月都に、氷漬けにされたものの一秒後には氷を割って自由を得た魔神は肩を竦めて答えた。


「無事で良かったよ。今日は調子が良かったからね。その確認に来ただけ」


「は?」


「以前にも忠告したろ? 人魚のお嬢さんには気をつけろって」


 まずもってこの場に魔神がいること自体が月都やその他魔人にとっては不可解でしかないにも関わらず、あろうことか彼女はさらに予想の斜め上を超える行動をとっていくのだ。


「ボクは未来視のような能力を持っているからね。未来は常に揺らめいていて不確定であるからこそ絶対ではないにしろ、キミとかの人魚姫の相性が悪いのは見て取っている」


「確かに俺は血族審判を終えれば、序列一位を狙うべくウェルテクスと戦うことになるからな。忠告自体は今一度、有り難く受け取っておこう」


 魔神を目指すならば、いずれローレライと戦う未来は控えている。彼女が妙に月都へ懐いているのは気になるが警戒しておいて損はないだろうと、二度の忠告を彼は脳髄の奥にまで浸透させた。


「で、何しに来た? まさかおまえ、もう起床してるっていうのか? そんな余波は観測されていないはずだが」


 とはいえ今この状況においては、いつか激突するであろうローレライよりも先に、魔神が気軽に自分達へ干渉して来る現在の方が脅威であることに違いはないのだが。


「してないよ。ボクは眠ったまま。これは夢の中のようなモノさ」


 しかし魔神の返答は素っ気ないものであった。いっそ己のことなんてどうでもいいと割り切っているかのごとき諦観の念を見る者に感じさせる。


「今のボクは見た目通りの可憐な乙女。元が元なだけに存在が強大過ぎることに変わりはないが、未だ眠っていることに違いはないのだからね」


「眠っているなら、大人しくしとけよ。忠告は有り難いが、何でわざわざ俺らに絡む必要がある」


 半眼を作って月都は魔神を睨みつけるも、素知らぬ顔で彼女は楽しげにステップを踏んでいた。


「そもそもこの前、元いたところに戻すとか言っておきながら、姉ちゃんと俺が送られたの全然違う場所だったからな?」


「どういうことだい? 極東の島国、その表の世界なら何ら変わらないじゃないか」


「九州と本州は結構離れてるってんだって!!」


 流石は神。細かいことは気にしないの精神だ。


「おまえもう迷惑極まりないから動くな! 起きるまで大人しくしてろ! 遊園地で人型が出現したり! 首都で大型の使い魔が大量発生したのも! 魔神であるおまえがこちら側に干渉したせいだって姉ちゃんから聞いたぞ!」


「あれはボクのせいかもしれないけど、血を求める人型の使い魔なんて、ボクは知らないよ」


「――は?」


 そう、何となくではあるのだが、どうせこの学園で起こっている不可思議なことも、このクソガキ、もとい魔神の影響なのだろうと考えているフシが月都にはあった。


「使い魔には二種類ある。地球に渦巻く魔力によって自然に生み出された正当なる住人。もしくはボクに魅入られた魔人が堕ちた姿だ」


 だがしかし魔神は言った。


「後者は言うに及ばず、前者とてボクの力によってあますことなく支配されている」


 自らが実質的に屈服させている全使い魔の中に血を求める存在などありはしない――と。


「じゃあ何だって言うんだ。血を求める使い魔はいない。魔人も同様。ならば今学園にいる吸血鬼という存在は?」


 いったい何者だというのか。困惑する月都をよそに、魔神の姿は徐々に朧気となって虚空へと呑まれていく。


「ボクにあれこれ聞くよりも、直接相手をした方が理解しやすいかもしれないよ? あっはっは」


「待ちやがれ! くそっ!」


 慌てて引き止めようとするも、月都の手は虚しくも空を切り、鷹揚な高笑いだけが反響と共に暫し残される。


「ご主人様!!」


 魔神の消滅に気を取られたことで、自らに迫る新たな人影に月都は気付けない。


 窮地を見て取った、あずさ。迅速に人影と主の間に割って入り、迫るソレを力の限り後方に蹴飛ばした。


 流石にメイドの警告に気を取り直した月都は、魔導兵器である弓を手にとり照準を合わせた。


「……魔導兵器が通じない!?」


 けれど彼の放った退魔の矢は喪服を着込んだ女性と思しき存在をすり抜け、背後の壁に突き刺さり爆発するのみ。おかしい。何もかもがおかし過ぎる。


「極東魔導女学園序列三位【逆襲者ディアボロス】とお見受けします。そちらの彼女も中々の力をお持ちで」


 喪服の女がベールの奥で笑った気配が、月都とあずさの耳に等しく届けられるのだ。


「私は強者の血を欲する。あなた方のソレも是非頂きたいのです」


 命を奪うことはないが、その代わり大量の血を求める使い魔でも魔人でもない正体不明のナニカが、一歩、また一歩と月都達との距離を詰めていく。

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