第2話 幼女系女子高生✕2

 学園の敷地内には、店員のいない全自動化された巨大な商業施設が存在する。


 ここはグラーティア家の息がかかった施設であるので、月都も安心して買い物が出来る場所なのだ。


「お見舞いって何を持って行けばいいんだ?」


「……あずさは葬る方が専門なので、生憎とそちらは専門外なのですよー」


 月都とあずさ。主人とメイドはとある日の放課後、二人揃って施設内をウロウロとさまよい歩いていた。


「花、とかかなぁ?」


「そうですね。後は果物でしょうか?」


 知人が入院したと知らされた彼らは、なけなしの一般常識をもって、お見舞いの品を探し求める。








 こちらも広大な学園の敷地内に置かれた医療施設において。面会の受付をした月都とあずさは、お見舞いの品を手に五階の病室へとえっちらおっちら向かった。


「――乙葉。それに白兎も」


「周防先輩、身体は大丈夫ですか?」


「血が抜かれてただけさ。一週間もしたら退院出来るみたいだぜ」


 病室に入ると、暇そうにベッドに腰掛けた小夜香が、朗らかな笑顔で二人を出迎えた。


 先日、ソフィアと共に仕事をしていた彼女ではあるが、学園から寮へと帰宅する最中に負傷し、たまたま通りかかった他の生徒に発見され、この病院に運び込まれたという経緯があるのだ。


「不思議なことがあるものですね。新手の使い魔か何かでしょうか?」


「よく分かんねぇけど、あたしにはアレが使い魔にも、それどころか魔人にも見えなかった」


 ひとまず小夜香の容態がそこまで深刻ではなさそうだと知ったことで、月都が人知れず胸を撫でおろしたのも束の間。


「吸血鬼、かもしれねぇな」


 小夜香は不吉な予言めいた言葉を発するのだ。


「そんな非科学的な存在がこの世にいるんですかねー?」


「非科学的なモンを頭にぶっ刺してる奴が何か言ってる」


 兎耳を生やしたメイドの物言いに、憮然とした風に小夜香は唇を尖らせた。


「厄介そうな奴だったし、前々から被害が出てるってのは聞いたからな。危険だからおまえらも夜はあんまり外をうろつかねぇようにしとけ」


「忠告ありがとうございます」


 先輩からの忠告を月都は素直に受け取った。


 現在、グラーティア家側の魔人として、乙葉家との血族審判を控えている月都は、あまり大っぴらに問題を起こせるような立場ではないのだ。用心に越したことはないし、わざわざ吸血鬼などといった得体の知れない輩に近付く必要は皆無であった。


「ところでこれ、お見舞いの品です」


「え」


 そうして前置きもそこそこに、月都が手渡したのは、先程あずさと共に選んだお見舞いの品だ。


「乙葉? すまんがこの花には、いったいどういう意図が?」


 けれど、包みから取り出された鉢植えの花を見た瞬間、怪訝そうな表情を見せた後、小夜香は盛大に引きつった笑みで疑問を口にする。


「周防先輩に早く元気になって欲しいから、頑張って選んだつもりですけど……何か間違えてました?」


「あっ、あー。おう、そうか。ありがとさん」


 月都の何ら邪気のないキラッキラとした眼差しで、どうやら小夜香は全てを察したようだ。


「綺麗な花だ! 嬉しいよ! やっぱり持つべきものは可愛い後輩だぜ!」


 敢えて元気いっぱいに、月都の背中を豪快に叩いた。


「そうだ。果物の盛り合わせもありますから、よければどうぞ」


「……こっちは普通なのね」


「え?」


「いいや、何でもねぇよ。旨そうなヤツだな」


 世間一般における常識が著しく足りない月都にもあずさにも、小夜香の見せた一連の反応に潜む真意を読み解くことは不可能であった。







「ウェルテクス、いるかー?」


 小夜香を見舞った次の日。


 先輩の有り難い忠告を受け、日のある内に月都は極東魔導女学園序列一位【人魚姫レヴィアタン】の住まう、寮の最上階へとやって来たのだ。


 正式な誘いを受けているため、あずさに工作をさせることもなく、堂々と直通のエレベーターを使っての訪問だ。


『月都お兄ちゃん、いらっしゃいませなんだよ』


 インターホンを鳴らして暫くすると、備え付けられたスピーカー越しに、ローレライの弾んだ声が聞えて来る。


 それとほぼ同時に玄関のロックが内側から解除され、中に入ると――、


「ぶっふぉ!?」


 全裸で車椅子に腰掛けたローレライが、満面の笑みで月都を待ち構えていた。


「何で裸!? 服! 着ろ!」


 手で自らの顔を覆い隠しながら、ほとんど片言に近い要求を叫ぶように吐き出す。


「折角だからおめかししようとしたんだけど、疲れて休憩してたら、丁度お兄ちゃんが来たの」


 月都の焦燥など気にも留めず、ローレライは一切服を身に着けぬまま、彼の前方へと車椅子を器用に回転させることで躍り出た。


「……手伝ってやるから」


「わーい」


 態度こそ幼き少女のソレではあるが、肉体は普通に女子高生相当なので、このまま全裸でいられては月都の精神衛生上非常によろしくない。


 ソフィアや小夜香よりも膨らみのある胸から意図して視線を外しつつ、何とか下着や服を着せることに成功する。


「可愛い? 私、可愛いかな?」


「可愛いぞ、よく似合ってる」


「うふふふふ。月都お兄ちゃんに褒めてもらえて嬉しいんだよ」


 よそ行きのワンピースに着替え、さらには月都から可愛いとの言葉を引き出したことで、ローレライは上機嫌である。


「さて、今日は何をして遊ぼうか?」


「お人形遊び!」


「好きだなぁ」


「まずは住人の身ぐるみを剥がすところから始めるんだよ」


 そう言って、ローレライは人形や付属品であるミニチュアの家を箱の中から取り出していく。








「休憩にしよっか、月都お兄ちゃん」


 一時間程おままごとをしていたが、ここに来て月都は喉の渇きを覚えつつあった。 


「お飲み物を持って来るんだよ」


 ローレライも彼と同じ心境であったらしく、車椅子を走らせて冷蔵庫へと向かう。


「はい、どうぞ」


 そうして彼女がお盆に載せて持って来たのは、二つのグラスとペットボトルに入ったトマトジュース。


「本当は生き血にしようと思ったんだけど、私をお世話してくれてるお姉ちゃんがそれだけはやめてって言うから、代わりのトマトジュースで許してね」


「……ん?」


 月都はローレライの語りに妙なものが混じっていることに気付いた。


「血? 何でそんなのを俺に出そうとするんだ?」


「はにゅん?」


 ローレライは月都の言葉を受け、心底不思議そうに首を傾げる。


「有象無象が噂してたから。最近学園の生徒を襲って血を抜いているのは、月都お兄ちゃんなんだって。それを聞いたから、今度大好きなお兄ちゃんが遊びに来てくれたら血を出そうって考えたの……もしかして、迷惑だったかな?」


「あー、迷惑じゃない。そんなことはない」


 色々と考えるべきことが今のローレライの発言で増大したが、彼女自身に悪意は微塵もなく、月都をもてなそうとしている一心であることくらいは彼にも理解出来た。


「ただそいつらが言ってることは嘘なんだ」


 だがしかし、自分は学園の生徒の血を奪ってなどいない。このことだけは強く主張するのだ。


「そう。あの腐れ蛆虫共は私に嘘をついて、あまつさえ間違った月都お兄ちゃんの情報を流してるってことなんだね」


 しかし月都の話を聞いた途端、ローレライの表情から忽然と笑顔が消えた。


「ちょっと待て! どこに行く!?」


 車椅子を爆速で走らせて玄関へと向かうローレライに、慌てて月都は追いすがる。


「有象無象共を溺死させて来るんだよ」


「噂してた奴の顔は覚えてるのか!? 流石に無差別はなしだぞ! なしっ!」


「……そうなんだよ」


 クルリと振り返ったローレライの表情には、いたいけな笑顔が戻って来ていた。


「私は月都お兄ちゃんとお姉ちゃん以外の存在には、大して興味がないんだった」


 お姉ちゃん? と、月都は呟いた。先程からローレライの話に出て来るその人物が気になるものの、質問するタイミングを逃してしまう。


「じゃあ、いいや」


 人魚姫から発せられる威圧が薄れた。


「ごめんなさい、月都お兄ちゃん。好きでも何でもないものを、あなたに出してしまって」


 そうして上目遣いにローレライは月都を見上げた。その目は潤んでおり、本気で月都に対してだけは申し訳ないと感じている様子が伝わって来るのだ。


「血は好きじゃないけど、トマトジュースは好きだぜ。ほら」


 彼女を元気づけるかのように、ペットボトルからグラスにそそいだトマトジュースを、月都は一気に飲み干した。


「おまえは俺を精一杯もてなそうとしてくれたんだよな? その気持ちだけで充分嬉しい」


「月都お兄ちゃん!」


 ガバッ!! 確かな重量を伴って、ローレライは月都の懐に飛び込んだ。


「大好きなんだよ!」


 結構な大きさを誇る胸を押し付けられながらも、擦り寄る彼女をしっかりと抱き留めて、月都はローレライに年下のか弱い妹のような印象を当初より変わらず抱いていた。

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