第三部 白兎あずさ編
第1話 血
夏季休暇も終わり、極東魔導女学園では新学期が始まった。
そんな中、月都に奴隷化されたソフィアは、名実共に彼の所有物となったことで、今までのように立場や周囲の目を気にする必要もなくなっていた。
よって彼女は謹慎処分中ということも加味し、月都やあずさ、蛍子達が住まう旧学生寮に引っ越して来たのだ。
『何であたしが生徒会長代理になるわけ……?』
「仕方ないじゃない。アナタ以外に適役がいないのだから。まさかウェルテクスにさせるわけにもいかないでしょ」
『そりゃそうか。つーかよぉ、知らん内にどえらいことになってるし、下々の者はお上のゴタゴタにはついていけねぇよ』
「はいはい、悪かったわよ。全部私が悪うございました。そう思ってるからこそ、こうして可能な限り仕事を手伝ってるんだってば」
月都は入浴中。リビングでソフィアは小夜香とスカイプを繋ぎながら、残して来た業務に励んでいた。
謹慎処分を名目上とはいえ食らったことで、生徒会長の権限が一時的に小夜香の手に渡ったものの、不慣れな彼女が一人で片付けるにはあまりにも仕事量が多過ぎる。
責任を感じたソフィアは、こうして生徒会長の権限を必要としない重要度の低いものから手を貸していた。
「――どうしたの?」
そんなこんなでノートパソコンとにらめっこしていると、柱の影でソフィアをチラチラと見やる人影が。
「今はお仕事中のようですので……。よろしければ、後で相談に乗ってもらえますか?」
「別に今でもいいわよ。仕事しながら話を聞くくらいなら造作もないし」
ひょっこりと顔を出したあずさは、銀髪のてっぺんから生えた兎耳をピコピコとさせながら、おずおずと用件を切り出していく。
「……これは、えぇ、中々」
『白兎は勉強が苦手なのか?』
「お恥ずかしながら」
あずさのソフィアへの相談の内容は、魔人らしからぬされど極めて学生らしいもの。
「ぶっちゃけ人をボコす方が得意です」
『また物騒な』
幾ら魔人を育成する極東魔導女学園とはいえど、一般教養の授業も当然存在する。
その小テストにおいて、あずさは
「そもそもアナタ、一般的な教育ってどのくらい受けてる?」
「……」
「オーケー。了解したわ」
途端にあずさが黙り込んだことで、おおよそをソフィアは察する。
「任せなさい。私、これでも実家でやんちゃな妹達の面倒を見てたから。勉強を教えるくらいお手の物よ」
そう言って、彼女は無い胸をドンと叩いてみせた。
「ソフィアさぁぁぁぁぁぁん!!」
すがりつく、あずさ。このままでは主である月都の顔に泥を塗ることになると考えたがゆえの行動であったが、思えば随分と打ち解けたものだ。
『この点数だと、まずは白兎の学力のレベルがどの辺りなのかを調べた方が良さそうだな』
「それは妙案ね」
画面越しの小夜香の言葉に、ソフィアが大きく頷いた。
「あずさ、例えば数学だけど、分からなくなっているところはどこかしら?」
「……数学、というより」
恐る恐るといった調子で、あずさが手を上げて答えた。
「たぶんあずさは算数も怪しい気がします」
『七✕八は?』
「五十四、ですよね?」
『……』
質問を放ったのは小夜香の側ではあるが、あまりにもあんまりな現状が露呈してしまったため、思わず沈黙を選んでしまうのだ。
「……大丈夫よ」
先程より若干気勢を削がれているものの、それでもソフィアはあずさに不要な心配を与えぬよう、明るい表情を形作った。
「私がアナタをまずは小学校六年生レベルにまで仕上げてみせましょうとも」
言わずもがなのことではあるが、白兎あずさは十七歳。高校二年生真っ盛りだ。
「うーん。終わった」
騒動を起こしたソフィアと入れ替わる形で、臨時ではあるものの生徒会長室の主となった小夜香は、本日中の業務が一段落した解放感で、大きくのびをした。
「さて、帰るとするか」
ソフィアとの通信は終えている。軽い足取りで無音となった部屋を後に、昼間と比べて極端に人通りの減った校舎を経由して、外に出るのだ。
「誰だ?」
けれど、軽快な足取りは唐突に止まった。住処である学生寮に向かう道の途中で、小夜香はそんな言葉と共に振り返る。
「よく気付きましたね。気配は消していたはずですが」
彼女が睨みつける先に、果たして人間と思しき者がそこにはいた。
学園の制服姿ではない。喪服を着込み、顔をベールで覆い隠した女は静かに姿を現す。
「あたしは目が良いんだよ」
一歩、後退る。魔人としての警告が、この女が魔人でも使い魔でもない異物であることを強く訴えかけていたからだ。
「極東魔導女学園序列五位【
そして謎の女は、この小学生にも匹敵するあどけなさを誇る少女が、極東魔導女学園序列上位の魔人であることを既に知っていた。
「今宵伺いましたのは他でもありません。あなたのような強者の血を頂きたく――」
口上を謎の女が言い終える前に、小夜香は脇目も振らず駆け出していた。
「逃げないでくださいますか?」
細見の身体に似合わぬ馬力で、謎の女は小夜香を追いかける。
「やだね! あたしは弱いんだよ!」
だが、小夜香は見た目通りにすばしっこい。このまま人気のある場所にまで逃げ切れるか――そう考えたところで、
「……っ!?」
ガクン、と。膝から下が崩れ落ちる。
いつの間にか身体にみなぎっていたはずの力が抜け、なすすべなく石畳の床に倒れ込んでいた。
「ごちそうさまでした。あなたの血はとてもとても、美味でしたよ」
視界が明滅する。
女が去っていく足音だけがいやに耳の中にこだまして、小夜香は首筋にピリピリとした痛みを感じながら、ゆっくりとしかし着実に意識を失っていった。
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