第32話 仲直り
「何か用かしら」
月都と入れ替わりにあずさが部屋に入ると、警戒を含ませた面持ちで、ソフィアが彼女の様子をうかがうのだ。
「はい」
何か用があるのか。その問いかけに、まずは素直に頷いた。
「お礼を言いたいと思いまして」
「思い当たることが、何一つとしてないのだけれど」
ベッドの上のソフィアは、ますます怪訝そうな表情を浮かべる。
「アレを見せられたのでしょう? ご主人様が過去に虐げられていた映像を。あなたは一度それを見ただけで、怒り狂った」
難しい前置きはなしに、あずさは一思いに本題に切り込んだ。
「……軽率な行いだったことは自覚してるわ」
暫くの沈黙の後、苦々しげにソフィアはこう答えるのだ。
「そうですね」
軽率であったというソフィアの自己評価自体は、あずさも同じような感想を抱いたがゆえに認める。
「だけど、あずさはそれ以上に感謝をしているんです」
だが、それを上回る尊敬に値する部分を、初対面からいがみ合い続けて数カ月、ようやくあずさはソフィアの中に見出したのだ。
「ありがとうございます、ご主人様のために怒ってくれて」
感謝の言葉は自然とあずさの口から紡がれる。
「あずさはあの映像より酷いことをされているご主人様を、五年間目の前で見捨て続けていましたから」
多大な自嘲と共に吐き捨てる。罪は消えないことを承知の上で、あずさは月都に対して盲目的に仕えていたのだから。
「正直、あなたとは絶対に気が合いませんが、それでも軽率であるとはいえ、決して日和見を決め込むことなく、乙葉家を滅ぼそうとしてなりふり構わず戦おうとしたその姿勢には、尊敬を覚えますよ」
「……白兎」
あずさに感謝を告げられた当初は呆然とした様子であったソフィアが、今はどこか恥ずかしそうな態度で、顔を背けながらも言葉を発する。
「私もアナタに感謝しなければならないことがあるわ」
けれども最後には姿勢を正し。凛とした光の宿る双眸が、あずさを正面にて捉えた。
「つー君を助けてくれたのは、他ならぬアナタだものね。今更かもしれないけれど、弟を救ってくれて、本当にありがとう」
深々と頭を下げる。両者神妙な空気のまま一旦口を閉ざして、
「あずさ達はご主人様の味方ですよね?」
「その通りよ」
「乙葉家をぶっ潰して、学園の序列一位へとご主人様を押し上げ、最終的に神となるサポートをする」
「心得ているわ」
「それでは、あずさ達」
しかし途端にせきを切ったかのごとく、あずさとソフィアは互いに勢い良く言葉をぶつけ合う。
「一応は仲間ということでいいでしょうか?」
「……アナタの論理に穴は見当たらないわね」
それでも自分達は仲間であるのではないかという提案をするあずさも、受け入れるソフィアも、ここだけはまだ恐る恐るといった様相であったのだが。
「共につー君の【絶対服従】を受けている者同士、仲良くした方が効率が良い」
結局のところ、ソフィアの言った通り、月都を愛する者同士喧嘩をしていても、決して彼のためにはならない。
「よろしくね、あずさ」
「こちらこそよろしくなのです、ソフィアさん」
だからこそ、少女達は手を取り合った。
共に愛する男を守り抜き、彼の目的の成就をサポートするために。
「姉ちゃん! 姉ちゃん!」
あずさからソフィアと一応の仲直りをしたという旨を受けた、月都。
「あずさと仲直りしたんだって!? 俺、嬉しい! 超嬉しい!」
跳ねるような足取りで、ソフィアの部屋に飛び込んだ。
「なっ……!?」
しかしノックもせずに部屋に入ったせいで、ソフィアが新しい病衣に着替えようとしていたシーンにバッタリと遭遇してしまう。
月都から背を向けてはいるものの、一糸纏わぬソフィアのなめらかな背中やほっそりとした肢体は、確かに彼の瞳に流れ込むのだ。
「つ……つー君」
「おう」
赤いのか青いのかよく分からない顔色で、振り返った体勢のまま、ソフィアは口を開く。
「お願いだからノックくらいはして頂戴!?」
「ごめんごめん」
「ごめんで済んだらドアもノックもいらないのよぉ!!」
やはり純粋培養箱入りお嬢様にとって、たとえ弟であるとはいえ、異性に裸を見られることにはまだ抵抗があるようであった。
月都達と別行動になった小夜香は、奈良から京都に向かっていた。
彼女の目的はただ一つ。ラーメンが食べたい。基本的にはそれだけでしかなかった。
「お嬢ちゃん、親御さんはどうしたんだい?」
こじんまりとした店構えのラーメン店に入るや否や、スキンヘッドの店主からそんな声をかけられる。
「あたしは高校三年生、ピチピチの十八だぜ」
「おおっと。こりゃあ失礼」
小学生に間違えられるのは慣れているので、小夜香は極東魔導女学園が表の世界で用いるために発行している学生証を取り出した。
裏の世界では戦闘に耐え得る魔人を育成するための養成所のような場所ではあるが、表向きには全寮制の宗教学校という触れ込みになっている。
「ラーメン一つ、よろしく」
「ちょいと待っててくれ。すぐ作るから」
きっちりとした身分証明と朗らかながらも大人びた小夜香の態度に、店主もすぐ様彼女が小学生ではなく高校生であると信用した。
「……まぁ」
食券を提示した後、カウンター席に腰掛け、店主や周囲の客には聞こえない声量で小夜香は呟く。
「本当は十八でもないんだがな」
第二部(完)
第三部に続く
※第三部は十一月からの再開予定です
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