第29話 対序列二位【魔聖女】戦 閉幕

 肌が焼かれると錯覚してしまう程の濃密で膨大な魔力が一帯に余波となって吹き荒れている。


 銃剣から撃ち出されたソレは一直線に月都の元へと向かった。


 曲射といった類の小細工を一切弄しない全身全霊の一撃を迎え撃つ。安全性を担保した上で取り得る策の全てを放棄し、姉と真っ向からぶつかり合う、自らにとって最も危険度が高い選択を選び取ったのだ。


 無色透明不可視の触手、固有魔法【這い寄る触手】を束ねた盾が彼の前方には形成されている。


 無論、これだけであればソフィアの全力に対抗するには不足も不足。


 ゆえに月都が保有する三つの固有魔法の内の一つ、【支配者の言の葉】で防性を付与することで、攻撃に耐え得るだけの下地を作り上げた。


 ならば後は魔力を流し込み、ひたすら耐え忍ぶだけ――。


「……ぐっ」


 前方の盾に到達した砲撃。何とか水際で食い止められているものの、その重量は今までの比ではない。


 脚が僅かにではあるが後ろへと下がる。


 バチバチとこの世の物とは思えない凄絶な火花が、月都の眼前で散っていた。


(こんなにも無理して、姉ちゃんの身体が保つのか?)


 一定量の魔力を触手に絶え間なく送り込みながら、月都は上空に浮遊する姉に目線をやる。


 そこには肩で息をしているソフィアの姿が。


(やっぱり保たない。もしものことがあれば、アリシアさんの言った通り、姉ちゃんを固有魔法で奴隷化しないと――)


 ほんの少し余所事に気を取られている内に、ソフィアの射出した砲撃は、月都の盾を抑え込む形で膨張せんとしていた。


(ミスった)


 姉の身体を心配するあまり、気が抜けていたことは否めない。


 心の底からの反省を込めて、月都の体内に流れる魔力の八割を急激に盾へと流し込む。


「お、れ、の」


 急な魔力の減少により全身を脱力感がさいなむが、そんなモノに構っている余裕はない。


 ますます威力を高める一方の漆黒の弾丸を覆い尽くすかのように、盾の形をイメージを元に変化させていく。


「あいの、ほうが」


 月都の視界の外ではあるものの、ここに来て満身創痍のソフィアの顔がさらに悲痛さをもって歪んだ。


 自らが放った渾身の砲撃、体内の魔力の九割強をこめたソレが、徐々に月都の盾に侵食されているのを見て取ったがゆえの、敗北の予感であった。


「ねえちゃんより! うえ!」


 これまでにも増して耳をつんざく不快な音が弾けたかと思いきや、一瞬後にはソフィアが銃剣より射出した砲撃は、既に霧散していた。


 残されるのは、月都の迎撃が成功したという結果のみ。


 一部始終を朦朧もうろうとした意識の中で見守っていたソフィア。敗北の予感が確信に切り替わり、張り詰めさせていた緊張の糸が解けるのを彼女は実感する。


 そうしてなめらかで華奢なその肉体は、手の先、足の先から異形化が始まるのだ。







 ソフィアの肉体が人ならざるモノへと変ずる。


 されど月都は最初からこうなることを予測していた。


 否、そもそもソフィアの母であるアリシアから娘を奴隷化してでも救って欲しいという願いは、それすなわち月都の魔力の支配下に置くことで、彼女が本物の魔人になることを阻止して欲しいという意味と同義であったのだから。


 短時間であるとはいえ、あの月都と魔力量が競ったということは、優秀な魔人といえど相当な無理をしなければ難しい。


 驚異的なパワーを手に入れた代償はあまりにも重かった。


「ア……アァ……」


 全身が異形化しつつある最中、翼を失ったソフィアは地に堕ちていく。


 月都は残った魔力を振り絞り、落下する彼女の真下に滑り込むのだ。


「姉ちゃん!」


 腕の中に収まった最愛の姉の双眸と即座に目を合わせる。


 固有魔法【絶対服従】の発動条件――対象を屈服させる――は満たされている。おそらく彼の黒であるはずの瞳は、現在ソフィアの視点からはルビーのごとく燃え上がっているはずであった。


「……つー、くん」


 全身をのたうつ痛みにもだえながらも、自らを姫抱きにする月都を、焦点の合わない瞳でソフィアは見上げた。


「最愛の姉ちゃんだけには首輪をつけない。今更、そんな虫のいい話が実現するはずもないんだろうな」


 月都の自嘲じみた声をBGMに、温かいナニカに全身が包み込まれる感覚を覚えつつ、ソフィアはそのまま意識を失った。

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