第28話 対序列二位【魔聖女】戦 姉弟喧嘩

 咲き誇る花弁のように広げられた漆黒の杭。銃剣を指揮棒のように振りかざすことで、それらは勢い良く射出された。


 回避するにも防御するにも、どちらにせよ数が多過ぎる。よって月都が選び取るのは、自分の攻撃を真っ向から相手にぶつけ、相殺を試みるという強攻策のみ。


 弓を引き、無数の矢を放つ。ソフィアが放った杭に勝るとも劣らぬ物量を叩きつけた。


「まだまだ行くわよ」


 空中を激しく飛び回りながら、ソフィアは漆黒の杭をとめどなく射出していく。


 無論、月都もソフィアの猛攻から逃れるべく、上下左右にと立ち位置を入れ替えながら魔力をこめた弓を引き続ける。


 ――そうして、何度目のことだろうか。


 ソフィアの放つ漆黒の杭と月都の撃ち出した矢が激突し、爆発。目を覆いたくなる程の爆風が辺り一面に激しく吹き荒れる。


 本来であれば魔力量は月都が上であるにも関わらず、暴走によってドーピングを施しているにも等しい状態であるソフィアは、一時的とはいえ天才である彼についていくだけのパワーを保有することに成功していたのだ。


「……姉ちゃんの」


 一瞬たりとも気の抜けない、互いの力が拮抗しているがゆえの膠着状態。


 だがしかし、そんな切迫した状況下において油断なく弓を引き絞りながらも、月都はふつふつとした、どこか子供じみた怒りを、人知れず覚えてもいたのだ。


「馬鹿ぁぁぁぁぁぁっ!!」


「――!?」


 押し込めていた感情の決壊。ついにこの局面に来て、月都の怒りは暴発する。


 これには正常な思考能力を失っているソフィアも驚愕を禁じ得なかったらしい。突撃して来る弟に対して、思わず目を見開いた。


「っ!!」


 けれども迎撃を怠ることはない。彼女の銃剣は危なげなく、月都が振り回している弓を受け止めた。


「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!」


「いったい何の話よ!?」


 月都本来の腕力は貧弱な部類ではあるが、あずさから学園の入学前に受けた近接戦闘の訓練を踏まえた上で、生まれ持った膨大な魔力でブーストさせることは可能なのだ。


 銃剣で鈍器さながらの扱いになっている弓をガードしているとはいえ、懐への接近を月都に許してしまったソフィアは、じりじりと後ろに押されることになる。


「姉ちゃんは言ったよなぁ! 俺は全然覚えてないけれど! 怪我をした姉ちゃんを助けたことで! LikeがLoveになったって!」


「えぇ! 言ったわ! それが今更どうしたっていうの!?」


 だが、このまま押されっぱなしというわけにもいかない。先程までは遠距離攻撃にリソースを割いていた魔力の流れを、銃剣を握る腕へと強制的に移動させることで、一瞬ではあるものの爆発的な膂力りょりょくを得たソフィア。彼女は月都を力の限り後方へと弾き飛ばす。


「俺だってあの時、単なる好きから愛になってんだよこんちくしょーーーーーー!!」


 半ばヤケクソ気味に月都は矢を乱射する。日頃の精密射撃が嘘のように荒っぽく、狙いも何もあったものではなかった。


「ちょっと……っ、」


 顔を引つらせているソフィアだが、対処は速くそれでいて的確だ。躱しきれない矢は銃剣の刃で斬り断つ。


「昔の姉ちゃんは泣き虫で弱虫で! それでも俺がワガママ言うのを聞いてくれるくらいお人好しで優しくて! 使い魔が現れた時だって本当は俺を置いて逃げ出したかったに決まってる!」


 だけど、過去のソフィアは決して逃げなかった。


 腰を抜かして森の中にへたりこむ幼い月都の前に自ら躍り出て、叫ぶように言い放ったのだ。


 ――殺すなら私から先に殺しなさい!!


 そうしてソフィアは鉤爪に肉体を抉られ、血を撒き散らしながら倒れた。月都自身はここで気絶したと思っているので、後のことを覚えてはいなかったのだが。


「なのに姉ちゃんは俺を身を呈して守ってくれた! 俺は! そこで! 姉ちゃんが本当に姉ちゃんなんだって思ったんだ!」


 とはいえ、今この状態に陥った月都にとって重要なのは、失われたかつての記憶ではない。


 互いが互いを想っているにも関わらず、とことんすれ違ってしまったことによる鬱屈とした怒りを爆発させることこそが、現在最も重視すべき抑え切れぬ情動であった。


「姉ちゃんはとっくに俺の姉ちゃんなんだ! なのに! 一言も相談せず勝手に思い込んで突っ走って! 俺の方が姉ちゃんのこと大好きなのに……! 馬鹿だ馬鹿だ! 馬鹿なんだよ! ばーーーーーーか!!」


 そこで、月都の耳には姉が歯を強く食いしばった音が届いた。


「うおっ!?」


 かと思いきや、銃剣から溢れ出た漆黒の閃光を、間一髪のタイミングで横に避けてみせる。


「馬鹿馬鹿うるさいっ! つー君だって馬鹿でしょう!? 馬鹿!」


 何やら幼子のようにムキになったソフィアが空中に浮遊しているが、生憎と相対する月都の側がとっくに駄々っ子の様相であったので仕方なかろう。


「私だって……私だって! 色々と足りないなりに頑張ってるのよ! それに! つー君が私のことを好きって気持ちよりも! 私がつー君を好きな気持ちの方が大きいわ!」


 月都もソフィアも等しく衝動に身を任せて魔導兵器を操ることで、技術も駆け引きもへったくれもない、原始的な激突が度々空中で巻き起こる。


 衝撃の余波を荒々しくも器用にかいくぐり、学園での再会以来溜まりに溜まった鬱屈とした感情を晴らすべく、互いの武器を力の限りにぶつけ合い、また離れてを延々と繰り返す。


「俺の方が姉ちゃんのこと、大好きなんだ! 愛してる!」


「私の方がつー君のこと、大好きなのよ! つー君の百倍ね!」


「じゃあ俺は千倍!」


「何おう……だったら私は一万倍つー君を愛してる!」


 けれど、どこまでも拮抗するパワーに双方ついに焦れてしまったようだ。


 今までに類を見ない数の杭が集い、されどそれらは空中で融合した後、ソフィアの握る銃剣の中に吸い込まれていく。


 それに応じるかのように、月都は手を前方にかざす。姉の攻撃を全て受け切る心積もりで、固有魔法【這い寄る触手】を盾として集わせたのだ。



 さらには【支配者の言の葉】によって、無色透明不可視のソレらの防御を強化することも忘れずに、迎撃の準備を整えた月都は、キッとソフィアを仰ぎ見た。


「俺が姉ちゃんの攻撃を受け止められたら、俺の愛が姉ちゃんの愛に勝ることを認めてもらおうか」


 完全に戦闘を始めた当初から趣旨もとい争点は変わっているが、元より月都は結構なシスコンなので、ある意味では無問題なのかもしれない。同様にソフィアの側もわりと手遅れな部類のブラコンに違いはなく、血の繋がりがないにも関わらず似たもの姉弟であった。


「あら、そう」


 金色の波打つ髪を払い、漆黒の翼をはためかせ、ソフィアは傲然と告げる。


「だったら私の攻撃を受け切れなかった場合、アナタには絶対に認めてもらうわよ。私のつー君への愛が、つー君の私に対する愛よりも勝るってことを――撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 地上で控えているあずさが、『その理屈はおかしい』と、半眼で呟いているのも、上空で思いの丈をぶちかます荒ぶりに荒ぶった姉弟には関係のないことで。


 当初の予想から大幅に上回るシスコン、ブラコン具合をさらけ出す魔人達の全力が、あずさが眺める先で繰り出されようとしていた。

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