第26話 対序列二位【魔聖女】戦 開幕
魔人達が住まう裏の世界とは、主に結界によって表の世界から隔離された空間のことを指す。
全世界のあちらこちらに点在するその場所の一角、さらには上空にて。膝を抱えたまま眠る人影がぽつりと浮かんでいた。
俗に第二段階と称される魔導兵装に身を包んだ金色の髪の少女。純白のシスター服と
されどその人影は眠った体勢のまま、徐々に目的地へと移動してもいるのだ。
「よう、姉ちゃん」
「――つー君」
それまで休眠状態にも等しかったソフィアが、月都の声を聞くや否や顔を上げる。噴火直前の活火山のごとき状態であろうとも、弟の声を忘れることはなかったらしい。
「どこに行くんだ?」
同じく魔導兵装たる旧陸軍風の軍服を纏う月都。彼は姉の行く手を阻むかのように滞空する。
「ちょっと乙葉家を滅ぼしてこようかと思って」
「ちょっとコンビニ行ってくるみたいなノリで言う事かよ」
「あら、つー君はコンビニにはまだ、行ったことないでしょ?」
「駅の中にあったのは?」
「あの時、お弁当を買ったのは売店よ」
暫くは気安い姉弟の会話が続けられる。
「ちなみに乙葉家を滅ぼした後はどうするかって聞いてもいいか?」
けれど、いつまでも平和なやり取りに甘んじているわけにはいかない。
現にソフィアから立ち上る魔力の密度は、当初遭遇した時よりも格段に濃くなっているのだから。
「ちょっと裏の世界に蔓延る魔人を、全部滅ぼそうかと思って」
「ウェルテクスを倒せるのか? 魔神はどうする? 勿論、俺も」
晴れやかな笑顔と共に発せられたソフィアの答えに、月都は怪訝そうな眼差しを向けることで懐疑を示す。
「分かんない」
「分かんないって……、随分と行き当たりばったりな。らしくもない」
「細かいことを考えるのは、やめたのよ。とりあえずなりふり構わないでお姉ちゃん、頑張ってみるわ」
乙葉麻里奈を撃ってから忽然と行方をくらましたソフィア。
グラーティア家の協力を得て、彼女の元にたどり着けた形になるが、ここに来てようやく月都は姉がおかしくなっていることを直に把握した。
理性で己を縛ることを重んじる普段のソフィアからは考えられないまでに、楽観的かつ刹那的に過ぎる思考なのだ。
「姉ちゃんは、俺のために怒ってくれたんだよな」
「そうなるのかしらね。えぇ、確かに私はつー君が虐げられる映像を見せられたわ」
「誰に?」
ソフィアの物言いは気楽な調子ではあるものの、聞く側の月都としては到底聞き流せるようなものではなかったのだ。
「えーと……誰だったかしら」
本人にその気はないのだろうが、やけに人をやきもきさせる態度だ。理性を失っているソフィアの記憶力は、かの人魚姫にも匹敵するまでに低くなっていた。
「あぁ、思い出した。確か最近学園に赴任して来た生徒指導の女よ」
「桐生舞羽、が……?」
面食らう、月都。
確かにソフィアが心を乱した要因と推測出来るのは、乙葉とグラーティアの共同作戦本部に設置された映像再生機器付近での出来事である可能性が比較的高いというのが、月都達の見解であった。
だがしかし、まさか本当に乙葉家に仕える分家筆頭の当主が、わざわざあの時の映像をソフィアに見せるだなどと、荒唐無稽なことがありえるのか――そんな疑問がぐるぐると脳内を駆け回る。
「だけど、そんなことはもう、どうでもいいじゃない」
そんな月都の混乱を知ってか知らずか、ソフィアは邪気のない振る舞いでもって、己の魔導兵器を召喚させる。
「私はこのままだとつー君のお姉ちゃん失格なの。だからもっと早くこうすべきだったのね」
シスター服と揃いの純白。スラリとしたフォルムの銃剣が手の中に収まった。
「お母様とお父様の良き娘として、妹達の優しい姉として、学園をとりまとめる生徒会長として、グラーティア家に相応しい次期当主として、表の世界を守護する魔人として。生きて、生きて、生きて、生きて、生きた!」
唐突に激しくなる語気。
本人にその気はなかったのかもしれないが、引き金を引いていないにも関わらず、閃光が銃口から射出された。
「だけど、結局つー君は救えなかったわ」
たまたま閃光の先にあった木々が、眩い光に呑まれた途端、一瞬にして消滅する。
「これだけ重い物を背負って、強くあれるような人間じゃないから」
それだけではない。木々が生えていたはずの地面には巨大なクレーターが形作られてもいたのだ。
「今まで積み重ねて来たもの全てをドブに捨てることになっても、私は、つー君だけのお姉ちゃんでありたいの」
「どうして、そこまで、俺のことを――」
姉が無意識に振るった暴虐に怖じけ付くことなく、月都は真っ向から問いかけた。
確かに月都はソフィアを姉として愛している。しかし彼女の行動は、愛と呼ぶにはあまりにも倒錯していた。
「愛してるから」
「――っ!!」
それでもソフィアは謳う。
愛の言葉を告げたその時だけは、彼女を突き動かす狂気が無となっていた。
「つー君は覚えてないみたいだけれど」
ゆえに分かる。普段は当たり前に出来ていたはずの正常な判断が不可能なまでに気が狂おうとも、姉が弟を想う真摯さだけは変わりやしないのだ――と。
「昔森の中で使い魔に襲われた時、咄嗟につー君を攻撃から庇った私は傷を負った。そんな私をつー君は圧倒的な力で敵をねじ伏せ、助けてくれた。あの時まではLikeだった感情が、そこからは明確にLoveになったの」
「何だよ、それ……俺、覚えてないんだが」
姉から向けられる愛の重みに打ちのめされ、どこか頼りなく月都は首を横に振った。
「それもそうよね。夕陽さんがそういう風にしたのだから」
本当はもう少し話を続けたかった。されどソフィアがこれ以上待つ気はないようだ。
「ねぇ、つー君。そこを通して」
純白のシスター服が溶け落ちる。中から現れるのは漆黒の拘束具とビキニを合わせたかのような装いだ。
「嫌だ」
髪を覆っていた頭巾もいつの間にか消えていた。金色の髪が風に煽られ、扇情的になびく。
「乙葉の人間を、裏の世界の女を、皆殺しにしてくるわ」
純白の銃剣をも黒に染まり、仕上げとばかりに彼女の背中からは漆黒の翼が生えた。
「それは聞けない」
極東魔導女学園序列二位【
「どうしてアイツらを庇うのかしら。つー君は夕陽さんのために我慢しているだけであって、本当は女が憎くて憎くてたまらないはずでしょ? アナタはそれまでのことを女にされている」
「……」
痛いところをつかれている。女を憎んでいないと言い切ることは、月都にとって至極難しかった。
「ほら、否定出来ないじゃない」
「出来ない。俺は俺を虐げた魔人の女がたまらなく憎い。けど、少なくとも、そんな自暴自棄になった姉ちゃんを見たくはなかったよ」
それでも決めたのだ。必要以上の犠牲を出さない逆襲を遂行し、復讐は必要最小限に留めることを。
「穢れた俺ならともかく、綺麗な姉ちゃんがそんな風になるのは許容出来ないな」
「そう」
月都も折れない。ソフィアもまた同様だ。
「私はつー君のお姉ちゃんとしてつー君以外の魔人を根絶やしにしたくて、つー君はそんな私を止めたいってこと?」
「その認識で構わないぜ」
ソフィアの最終確認に、魔導兵器である弓を虚空より取り出すことで月都は応じた。
「なら、仕方ないわね」
「あぁ、やるしかないってことだ」
ソフィアが銃剣の引き金に手をかけて、月都が弓を引き絞る。
「戦争よ」
「戦争だな」
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