第24話 衝突事故
「……全くもって、その通りですね」
あずさが飛び出した後のラウンジには、アリシア一人が残るのみ。
全身に張り詰めさせていた糸を断ち切るように、極度の緊張で疲労した肉体を、ソファの背もたれにぐったりと預けるのだ。
白兎あずさ。グラーティア家の最重要警戒リストに名を連ねていた歴戦の魔人を前に、つい先程まで人知れず神経を削っていたがゆえの疲労である。
「勿論、月都君とて可愛いですよ」
ひとりごちる、アリシア。先程あずさが激情をもって責め立てた言の葉は、胸を抉るかのごとき正論でしかなかった。
「でも、夫や娘達程に愛してはいなかった。血の繋がらない未来の家族よりも、血の繋がった、お腹を痛めて産んだ娘達の方に重きを置いたのでしょう」
罪は深く、重い。
娘の婚約者と家族を天秤にかけて、アリシアは家族を優先するという残酷な決断を選び取った。その結果、少年の心が一つ壊れたとしても。
贖罪の機会などとっくの昔に失われていることは承知の上。だが、それでも尚家族を想う女は、被害者でしかない少年に縋るしかなかったのだ。
「ソフィアだけですよ。あの娘は心から月都君を想っている」
ソフィアはアリシアとは決定的に違う。
彼女は婚約者であった月都を実の弟であるかのように接し、彼の悲しみは我が事であるのだと断ずる。
「だから……お願い。あの娘だけは、何としてでも……」
それゆえに暴走し、処刑人に殺される未来が定まった娘だけは、どうか慈悲があって欲しいのだとアリシアは願った。
つかつかと、乱雑な足取りであずさは先の見えない廊下を歩む。
行く宛などない。元よりこの拠点はグラーティアのもの。かつては乙葉麻里奈の手先であった暗殺者にとっては敵地にも等しいのだから。
(あの女はあずさに気を遣った)
後にまで尾を引く苛立ちの最たる要因。
実のところ、それはアリシアが魔人として甘過ぎる価値観を有していることでもなく、また月都よりも実の家族を選択したことでもなかったのだ。
(今はともかく、過去に乙葉家と敵対することを徹底的に避けようとしたのは、あずさがいたからに決まってるというのに……!)
それを当人の目の前で告げなかったのは、おそらくアリシアが、一応の同盟相手に失礼を働かぬよう頭を回したに違いない。
結局、月都の救出が遅れたのは何もかもが自分のせい。その事実を改めて目の当たりにしてしまったことで湧き上がる負の感情が彼女を
(あずさはどうして、人に優しく出来ないのでしょうか)
怒りで沸騰する脳裏に、何度も何度も問いかけたはずの己への疑問が浮かび上がる。
月都は、自分の主人は言った。あずさは優しい――と。
勿論、主の言葉にケチをつけるなど、メイドとしてはもっての他。
だがしかし、優しくない世界で優しくあれなかった弱い自分が、優しいだなどとそんな都合の良い妄想を抱けるはずもなかった。
(いつも誰かと衝突してばかりで、何かを殺すしか能のない、馬鹿な女です)
月都はいったい何を根拠に自分を優しいと評価してくれているのかと、本気で疑問に思うことが多々あった。
彼の期待を裏切ることだけは避けたい。けれど作り上げられた性根はそうそう変わることはなくて――、
「え?」
「おっ」
そこで、考え事に集中していたあずさは今更ながら人の気配に気付く。
「うにゃん!?」
丁度曲がり角を折れてこちら側に歩いて来た月都とあずさは正面から激突してしまうのだ。
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