第18話 お務め

 首都上空を飛行する軍用ヘリコプター内。魔導兵装を己の肉体に展開させたソフィアは、不機嫌そうな面持ちで腕を組む。


「随分と不満そうな顔だな」


 無遠慮な態度で彼女に声をかけたのは、乙葉麗奈。ソフィアを含め、月都達に毛嫌いされている、乙葉家現当主の娘だ。こちらも月都に似た旧陸軍風の魔導兵装を身に纏っている。


「あら、失敬ね。折角の夏期休暇中に、わざわざ嫌な顔を見て、どうして上機嫌になれるとでもいうのかしら」


 本来であれば奈良へと向かう予定であったにも関わらず、実際には大嫌いな相手と共にヘリに乗り込み、首都を目指す。その事実がソフィアの心にこの上なく重たいモノを与えた。


「人類を守る崇高な役目だぞ? ごちゃごちゃ文句を言うでない」


 プライドが高過ぎるあまり小物じみた振る舞いをする女ではあるが、麗奈もソフィアと同様に魔人としての使命を理解し、また実行に移す人間ではあったのだ。


 むしろ彼女のいとこ――義弟たる月都の方が、世間から隔離されていた分、魔人の役割を呑み込めていないきらいがあった。


「表の世界の人間を守ることについては異議なんてないわよ。えぇ、分かってる。行きましょう」


 ソフィアの言葉が合図であったかのように、扉はひとりでに開け放たれ、ヘリコプター内に叩きつけるような風が流れ込む。


「ドラゴンの群れか。久方ぶりに大物が来たようだ」


 下方を見やると、そこには表の世界の人間が認識出来ぬように組み上げられた二つの結界が。


 今その中では炎が吹き荒れ、対処し切れぬ魔人達が次々と倒れ行く地獄と化していた。


「ここから先は別行動とはいえ、しくじればまずはオマエから殺す。よろしくて?」


「それはこちらの台詞だ。くれぐれも足を引っ張ってなどくれるなよ」


 グラーティア家と乙葉家。魔人の名門たる二つの部隊が別個に展開した結界の中へ、それぞれの次期当主達は降下していく。







 ヘリコプターに乗り込み、グラーティア家が派遣した部隊の応援へと向かう少し前、ソフィアは表の世界に設けられた臨時作戦本部にて、極東魔導女学園の理事長にして、グラーティア家の当主でもある母と会話の時間をもっていた。


「月都君と折角遊んでいたのに、ごめんなさいね。わざわざ呼び出してしまって」


「お気遣いありがとうございます、お母様」


 淑やかに一礼。自分が呼び出された理由が緊急であることは分かっていたが、前置きを全てなくしてしまう程に切迫した事態ではないようであると、密かにソフィアは事の深刻性の程度を予測した。


「魔神に攻撃されたと聞いた時は肝を冷やしたわ。本当はじっくり時間をかけて精密検査を受けて欲しいのだけれど……」


「必要ありませんよ。つー君から話を聞く限り、アレは搦手を使うような手合ではありませんでしたから」


 不甲斐なさと無力感が胸の奥から湧き上がる。


「彼女はきっと、私のことなんて眼中になかった」


 無理矢理に押さえつけるかのように、ソフィアは心臓の辺りに握りこぶしを置いた。


「自分を責め過ぎるのは毒よ。およしなさい」


「はい、お母様」


 そんな娘の様子を心配げに見やり、さらには助言までしてみせる母。


 慌ててソフィアは元の凛然とした佇まいを取り戻す。


「休暇中のあなたを招集したのは他でもありません。日本の首都で起きた使い魔の異常発生に対処してもらうためです」


 頷きを返す、ソフィア。本題に入ったことを察した上で、モニターに映し出された膨大な情報を瞬時に把握していく。


「既に我が家の部隊と乙葉家の部隊が共同で投入されてはいるものの、あまり戦況は芳しくありません」


「なるほど、ドラゴンですか。それは手こずるはずです。しかし珍しいですね。これだけ大型の使い魔が集中的に発生するとは」


 ソフィアの疑問に対し、最もだと言わんばかりに、理事長は眼鏡の縁を押し上げた。


「原因の究明もお抱えの研究者達に急がせてはいますが、まずは表の世界の人間を守り、部隊の消耗を抑えることが先決です」


「仰る通りです」


 先程の令嬢としての一礼ではなく、武人としての敬礼がソフィアの身体を滑らかに突き動かす。


「ソフィア・グラーティア。次期当主としての務めを果たすべく、行って参ります」








 そうしてヘリコプターから結界内に飛び込んだソフィア。


 グラーティア家が展開させているその中では、死屍累々の光景が広がっていた。


「お嬢様! 来てくださったのですか!?」


「よくぞ持ちこたえてくれたわね、アナタ達。ある程度把握はしているけれど、今この時点での現状を手短に伝えて頂戴」


 駆け寄って来るのは、ソフィアにとっても至極見慣れた面々だ。この一帯はグラーティア家の部隊が投入されているために、当然と言ってしまえばそれまでではあるのだが。


「一般人の避難は滞りなく終了しております」


「ただし中で暴れる使い魔の脅威には対処し切れません。何とか結界内に閉じ込めてはいますが、あまりにも数が多過ぎるのです」


「そう」


 グルリと首だけを使って辺りを見回す。


 思考は一秒にも満たず。結論は迅速に導き出される。


「負傷者と共にアナタ達も速やかに結界の外へ退避なさい」


「私達はまだ戦えます!」


「これ以上増やすわけにはいかないでしょう?」


「――っ、」


 何を、とは言わないし言わせもしない。


 既に前線を張っていた戦闘員はほとんどがドラゴンの脅威にさらされ満身創痍であり、後方支援員もそんな彼女達の救援で手一杯の状況だ。


「安心なさい。私一人でも充分よ」


 ゆえにソフィア一人が蹴散らすことこそが、最も手っ取り早い。第一、巻き込む心配が人払いをするだけで一切なくなるのだから。


 銃剣を構えたソフィア。彼女は手始めにと近場にいた使い魔から照準を合わせた。







 宣言から僅か十分後。


 二十体近くいたドラゴンを模した歪な生命体の群れは、閃光に貫かれ、ことごとくが地に墜ちていった。


 ビル一つ分にも相当する巨体を蹂躙した魔人の少女が浴びているのは、返り血のみ。


「事後処理は任せても構わないわよね?」


 戦闘が終了したことを知らされ、結界内になだれ込んで来たグラーティア家の魔人達と入れ替わるかのように、金色の髪をなびかせたソフィアは、悠然と結界を後にするのだ。

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