第14話 迷子の月都君
二対一から二対二に。おまけに植物人間のごとき使い魔は危機的状態に陥ると分身を吐き出すことが判明。
月都やソフィアのように高火力の技を持たない二人であるために、一気に殲滅することは難しい。
と、そこで。
「む」
いつ全力を行使してしまうか分からない鎖よりも、徒手格闘で対処した方がまだ安全である。そのように判断したあずさ。
突き技、蹴り技、多種多様な攻撃を威力よりも手数重視で叩き込むことは、彼女が得意とする戦い方の一つだ。
だが、新しく生まれた分身は異様なまでに速度が速かった。生まれながらに暗殺者として育てられたあずさに匹敵する程に。
「あら……まぁ。随分と分厚くなられましたのね」
一方で、身体中のあらゆる部分から血を流しながら、されど淑やかな笑みと共に蛍子は告げる。
彼女の固有魔法【被虐願望】。わざとダメージを受け、傷を負うことで身体能力を底上げする効果を有する。
それによって、既に平常時の三倍はブーストされているにも関わらず、無骨な戦斧は分身を作り出した側――すなわちオリジナルの使い魔の肉体を揺さぶることはあっても、貫通することは一向になかった。
「……」
前後左右から襲い来る蔦を避け、飛び膝蹴りを叩き込みながらも、あずさは思案を打ち切ることなく継続。
結果、結論たる対処法を思い付くが、そう簡単に口にすることは出来ない。
人型の使い魔は元人間であり、魔神の手によって理性を奪われてはいるが、知性を失っているわけでないのだから。
奴らはある程度、言語を理解するのだ。
戦闘の傍ら、有事に備えてあらかじめ定めておいたハンドサインを丁度小夜香からは死角になる位置で、蛍子だけに見えるよう送った。
蛍子は戦斧を両手に、急激に堅くなった敵と接戦を演じていたが、あずさの合図に気づかない愚はおかさなかった。
きっちりと目線だけで返事を返し、また戦闘に没入していく。
「――……」
あずさも当然、速度で己に競るようになった使い魔から、そう簡単に目を離すわけにはいかなかった。
一時も同じ箇所に留まることなく、不確かな軌道の攻撃をかいくぐり、されど一瞬の不注意をつかれ、伸ばされた蔦に足を絡め取られた彼女は派手に転んだ。
これぞ勝機と、快哉めいた雄叫びをあげて、人型の使い魔は体内から棘を射出する。
今の隙だらけのあずさに回避は不可能であると見越したトドメの一撃は――、
「そーれ!!」
蛍子のともすれば楽しげな掛け声と共に投擲された戦斧、その風圧によって吹き飛ばされた。
無論、棘を吹き飛ばしただけでは終わらない。適当なようでいて、その実計算され尽くした軌道に沿って投擲された戦斧は、深々と使い魔の肉を抉っていた。
「こちらは堅くとも、遅いようで」
戦斧の直撃を受け、形を保てずに崩れ落ちていく分身を横目に、オリジナルであるはずの使い魔は驚くべき光景を目の当たりにする。
蔦で動きを封じていたあずさが、先程まで蛍子と戦闘をしていたソレの目と鼻の先にまで、いつの間にか接近していたのだ。
あずさの姿を認識した直後、使い魔は複数の打撃が己の身体のあらゆる箇所に穿たれたことを痛覚だけで認識。
だが、ソレがあずさの動きを視認することは出来ない。
ようやっとあずさが棒立ちになったと確認したところで時既に遅し。植物人間のごとき使い魔の肉体には、致命的なまでのダメージが蓄積されていたのだ。
「オリジナルはパワー型の蛍ちゃんに合わせて防御を、分身はスピード型のあずさに合わせて速度を、どちらも急速に強化、成長させた、ということですよね」
あずさが導き出した結論を裏付けるかのように、一撃一撃の威力が強大な蛍子に合わせて防御にリソースを割いたあまり、速度、及び動体視力が疎かになっていた使い魔が内部から崩壊。
緑色の体液を吹き出すも、最早一切動き出す気配はなく。
遊園地に突如出現した使い魔は、魔人二人の手にかかり、沈黙していったのだ。
「何が元の場所に戻すから安心しろ、だ」
地を這うかのような怨嗟の声。
「どこだよ! ここ!!」
未だ気を失ったままのソフィアを抱えて、一人途方に暮れる月都。
どこだか分からない町のど真ん中、さらにはあずさに持たされた老人向けスマートフォンは沈黙を続け、残されたのは世間知らずの魔人一名。唯一の頼みの綱である姉は、弟の大声にすら目覚めることなく、スヤスヤと彼の腕の中で寝息をたてていた。
「姉ちゃん……。起きてくれよ、助けて……姉ちゃん」
魔神に招かれ、彼女と互角に戦闘した時よりも遥かに上回る焦燥と不安を、あずさ達の預かり知らぬところで抱えるハメになっていたのだ。
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