第13話 か弱い先輩
「まさか思うわけがないだろう? 自分で自分を爆弾にするなんて」
自らを魔力爆弾にした月都も無事。膨大な魔力の奔流と爆風の直撃を浴びた魔神も無事。
「その方が手っ取り早い」
最も、両者一度粉々に砕け散り、肉体が再生した後という注釈はもれなくついてしまうのだが。
「キミの望みはなんだい?」
魔神は問いかける。腕をグッと伸ばし、完全にリラックスしきった体勢だ。戦闘の意思は最早感じられなかった。
「極東魔導女学園序列一位の座さ」
ゆえに月都は魔導兵装を纏ったままではあるが、魔神の質問に応じたのだ。
「それは途中目標であり、本筋ではないだろうに」
ソフィアを傷つけられた怒りが消えたわけではない。だが、これ以上感情に身を任せて手の内を晒すような真似をするのは不毛だと、そういった冷静さが帰って来た証拠だ。
「教えておくれよ。聞かせておくれよ。退屈で退屈で仕方のないボクに」
「何でわざわざ、ただの人間の話を聞きたがる」
「ただの! 人間!? つくづくキミはボクを楽しませてくれるようだ」
肩を大きく震わせた。それが爆笑であったのだと、月都は相当後になるまで気付けなかった。
「キミみたいな男がただの人間であってたまるか。確かに人間性は残っちゃあいるが、だからこそおぞましいよ。人間のまま神になろうだなんて、傲慢にも程がある」
「……チッ」
舌打ちを一つ。
「気付いてたくせにその言い草か。白々しいな。反吐が出そうだ」
図星だったからこそ、苛立ちは募る一方。
「やれやれ、随分と嫌われてしまったね」
肩を竦め、悪びれることなく魔神は会話を続ける。
「ボクはキミと友好を深めたかったんだよ」
「俺はおまえの立場を狙う者だぞ」
「だからこそ、だよ。神は二人もいらない。ゆえに争う未来しかありはしない。そこに類稀な運命は感じないかな?」
「全く」
魔神の歩み寄りにも、月都は徹底的に拒絶の意思を示す。
そもそも彼は魔神を打ち倒すために学園に潜り込んだのだ。さらにはさしあたっての命の危機がないとはいえ、姉を傷付けられた恨みは深い。
「このまま人間として生きていたって、いつかは壊れるんだ」
女を恐怖し、にも関わらずそんな女を屈服させて首輪をつけ、飼い殺す。
そんな悪魔の所業が許されないことくらい、月都は知っていた。
知っていて尚、支配という手段を行使しなければ男と女は対等になれないのだと思い込むまでに、彼の弱い精神はとっくの昔に破壊され尽くしていたのだ。
「だったら頂点に立ってやる。何者にも虐げられない存在になった時、俺は初めて鎖を手放すことが出来るだろう」
いつか、いつかそうなれば良いのだと――願う。
月都の第一の願いは二度と虐げられず、己の尊厳を脅かされないことに尽きる。されどそのいつかを掴み取った暁に、あずさや蛍子の鎖を外して本当の意味で対等になり、大切な彼女らと向き合える己をもまた望んでいた。
「その心意気や良し。だが一つ忠告をしておこう」
笑みはそのままに、魔神の態度が今までにない真剣さを帯びた。
「人魚のお嬢さんには気をつけなさい」
「人魚……ウェルテクスが?」
何を言い出したものかと警戒したところに、コレである。
月都にとって確かにローレライは近い未来に戦って倒すべき相手ではあるが、現時点で出会ったばかりであるはずの彼女の側が、自分に対して執着や敵意を抱くようなことがありえるのかと、懐疑の眼差しを魔神に投げかけた。
「彼女は見かけ程に幼くはないのさ」
現時点では意味不明でしかない忠告を残して、
「それじゃあまたね。次に会えるのは、ボクが起床する時だと心から信じてるよ」
月都と気を失ったままのソフィアの身体が、光の粒子として空間から溶けて消えていくのだ。抗う術はない。元より理に反して無理矢理彼らを招いたのは魔神当人であったのだ。
「それまではどうか無事でいるように。勿論、安心してくれたまえ。ちゃんと元の場所に送り返してあげようとも」
束の間の邂逅ではあった。だが、月都はこのプラチナブロンドの髪の少女を忘れることは決してないだろう。
彼女こそが、魔人蠢く裏の世界においてのし上がるための、最上級の踏み台であるのだから。
緑の蔦が不規則な軌道でもって、あずさに襲いかかる。
それを危なげなく躱し、むしろカウンターを仕掛けることで、鎖で蔦を絡め取ることに成功。
「捕まえましたよ」
強固な縛めから使い魔が逃れようとするよりも、あずさが鎖をガッシリと掴み、モーニングスターのごとく捕獲した敵を振り回す方が早かった。
遠心力に従って、植物人間のごとき使い魔は地に転がり落ちる――その寸前に。
「ようこそおいでくださいました」
待ち受けていたのは、戦斧を構えた蛍子。落下するよりも前の使い魔へと、豪快な薙ぎ払いの一撃を叩きつける。
体勢を立て直す暇を与えることなく、蛍子の戦斧が、あずさの鎖が。徹底的に使い魔を攻め立てていく。
その甲斐あってか、徐々に伸ばされる蔦の数が減り、動きも精彩を欠きつつあった。
――が。
「――あれは!?」
ドロリと、粘性のある緑色の液体が、使い魔の傷口から溢れ出る。
パターンが変わったことを見て取り、示し合わせずともあずさと蛍子は後方に飛び退った。
滴り落ちる大量の液体は、明確な意思に従うかのように集合していき、終いには人の形を作り上げた。使い魔と瓜二つの姿が屹立する。
「分身、でございましょうか」
蛍子の指摘通り、傷ついた使い魔は魔人二体に対処すべく、もう一体の自分自身を即席で作り上げたようだ。
(このまま際限なく分身を生み出されてしまえば……)
事態はかなり最悪のものとなる。
使い魔そのものはあずさと蛍子の二人がかりあれば問題はない。小夜香の目がある手前全力を出せずとも、だ。
だが、撃破する寸前で苦し紛れに分身を何度も何度も生み出されてしまおうものならば、厄介さは使い魔単体と比較して格段に跳ね上がる。
「周防先輩。この状況になっても、あずさ達に加勢する気は」
「ねぇな。あたしは弱いんだよ」
序列五位【
決闘開始から僅か一秒。たったそれだけの時間で、対戦相手であった元序列五位がひとりでに倒れ、その後廃人状態に。今も尚再起不能だというのは学園では有名な話だ。
「つーわけで頑張れ。応援くらいはしてるぜ。このか弱い先輩がな!」
「……ありがとうございます」
どうにも月都はその噂を知っておきながら、小夜香に懐いている部分があるものの、あずさはそこまで甘くも優しくもなかった。
(手の内を明かさず、それでいて使い魔に分身を出す暇さえ与えぬ速度で圧倒しなければならないようですね。蛍ちゃんとの協力が重要になる)
覚悟を新たに、蛍子と共に分身に囲まれるあずさは現状を打開すべく、思考を巡らせるのであった。
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