第12話 音信不通

 月都とソフィアが魔神の手で、その本拠地へと人知れず招かれていた頃と時を同じくして。


 イルミネーションに照らされる夜の遊園地。ムード満点の園内、海辺の一角にあるハンバーガーショップのオープンテラスでは、あずさと蛍子、さらには小夜香も含め三人で夕食を摂っていた。


 注文ごとに肉を焼くスタイルのハンバーガーを、美味しい美味しいと呟きながら食べる少女達。


 だが、ハンバーガーにかぶりついていたあずさが突然、頭のてっぺんから映えた二つの兎耳をピクピクと小刻みに震わせた。


「ご主人様?」


 確証はない。


 されど粘つくように嫌な予感が彼女の側から離れないのだ。


「ちょっと電話をかけてきます」


 現在、主はソフィア・グラーティアと共に遊園地を回っている。そんなことは承知の上。


 しかし取り越し苦労でしかないと予想出来ても尚、月都の無事を確認しなければ気が済まないまでに、あずさが抱いた嫌な予感は存外にしつこいのであった。


「いいのか?」


 同じくハンバーガーを食べながら、小夜香が問う。


「弟とのデート中に邪魔されたら、グラーティアの奴、ネチネチおまえさんに嫌味でも言うんじゃねぇの?」


 至極最もな言い分に、されどあずさは鼻で笑ってあしらってみせる。


「ご心配なさらずともよろしいのですよ、周防先輩。あの女が文句を言おうものであれば、『その服、総額百万円はくだらないですよね? 浅ましい。浅ましい。あっさましー! ご主人様の御心が金で買えるとでもお思いで?』とか何とか言い返してやりますから」


「……グラーティアも大概だが、白兎も負けず劣らずだな」


 小夜香にそう称されたところで、あずさにとっては月都が全て。正直言って痛くも痒くも何ともない。


 よって彼女の指は滑らかにスマートフォンの上を走り、外出するに向けてわざわざ購入した上で月都に持たせておいた老人向けスマートフォン、通称やすやすフォンに連絡をいれる。


「繋がらない? どころか、圏外? 電波が届かない場所にある? ありえないですよ」


 けれども、月都との連絡は一向に繋がらない。あずさは月都に可能な限り強く言い含めておいたはずなのだ。何があっても電源だけは絶対に切るな――と。


 勿論アトラクションに乗り込んでいる可能性も無いでは無いが、今はイルミネーションが園内を彩る夜間。


 こんなムード満点にして絶好のタイミングにおいて、わざわざ屋内に入る愚をおかすような女ではないと、あずさはソフィアをそのように断じた。


 あずさの一連の様子に、蛍子や小夜香にも危機感は伝播していく。


 食事も終わりつつあった頃合いだ。二人は顔を見合わせ、あずさと同じく席をたとうとしたその時。


「飛べ!!」


 小夜香の絶叫じみた警告。


 あずさと蛍子は思考することなく、反射で回避行動に移る。


 すると彼女の警告通り、しなる蔦が先程まで三人が立っていた場所を通り過ぎたのみならず、激突したテーブルを鋭利な切断面を残して切り裂いていったのだ。


「おいおい、マジかよ」


 小夜香の嘆きは、この場に人型の使い魔が出現したことよりも、出現自体を自分達魔人が招いてしまったであろうことに重点が置かれていた。


 魔人――退魔の祝福を得た彼女達の使命は、人類を魔神や使い魔から守護することにある。


 けれど、毒をもって毒を制するかのごとく、守護者であるはずの彼女らは、魔に近しい存在でもあった。


 魔人は使い魔を強く引き寄せる。


 だからこそ魔人は結界で隔離された裏の世界に潜み、表の世界の人間とは距離をとることで、一般人の被害を少しでも避けようと試みていたのだ。


 とはいえ数日程度の短期間であれば問題ないとされているはずであり、だからこそ月都達は夏季休暇に外へ繰り出した。


「人型の使い魔……よりにもよって、月都様が音信不通になってしまわれたタイミングに現れるだなんて」


 だというのに、あまりにも都合が良過ぎる。否、あずさ達にとっては悪過ぎる。何者かの意図があるに違いないと、警戒の意思を蛍子は強めた。


「何にせよ、このまま表の世界で人型を暴れさせるわけにはいかないでしょうね。ご主人様の捜索も大事ですが、それは使い魔を撃破してからでもよろしいかと」


 確かに月都を心配する気持ちは強いが、それ以前に彼は天才的な魔人だ。たとえ魔神であろうとも、簡単に負けることはないと信じている。そう結論付け、あずさは魔導兵器である鎖を腕に絡ませたのみならず、俗に第二段階と称される魔導兵装をも展開させた。


「……」


「え、どうしたんです?」


 しかしあずさと同じく戦斧を手に、こちらも魔導兵装である巫女装束に身を包んだ蛍子が、何やら不思議そうな眼差しを向けていることに、彼女ははたと気付くのであった。


「あずさちゃんにも、そういう御心はありましたのね」


 よくよく考えると結構な暴言のようにも感じられるが、あずさには蛍子を怒る気にはなれなかった。


 暗殺者として育てられ、道具として生きて来た自分には、人類を守護する魔人としての誇りなんて皆無なのだから。


「あずさは同族の魔人には容赦しませんが、カタギの人間に対してはそうでもない。それだけですよ。基本はご主人様優先です」


 園内で何かしらのトラブルに月都が巻き込まれているのであれば、敵性勢力を排除するに越したことはない。


 ただそれだけのこと。にも関わらず、


「あら、あら、あら、あら」


 近頃出来た初めての友人は、何故か微笑ましいモノを見るかのように唯一露出された右眼を細め、クスクスと笑っているのだ。


「そういうところ、お好きですよ」


 蛍子が言い終えると同時、人の形をとっていながらも、全身に緑の蔦をまとわせた使い魔が咆哮。


 その声だけで耐性のない表の世界の人間であれば死に至りかねない呪いであるのだが、後方に下がった小夜香が既に簡易の結界を張っていたために、被害は先んじて抑えられた。


 後は表の世界の人間の認識外にあるこの結界内で撃破してしまえば良い。そこまでを思考したところで、あずさはある違和感を覚える。


「周防先輩」


「おう、どうした」


「頼れる三年の、しかも序列五位の先輩が、まさか後ろで結界だけ展開させて高みの見物とか、そんな冗談はよしてくださいね」


「高みの見物じゃねぇ。こっちは人型の使い魔を前にしてガクブルだぜ!」


 開き直られた。奇襲の察知に結界の維持。やることはやっているので殴り飛ばすわけにもいかないが、小夜香は物陰に隠れたまま、清々しいくらい晴れやかな笑顔と共にサムズアップを寄越してくる始末。


「無駄ですよ、あずさちゃん。小夜香先輩はいつもそうなのです。何故か荒事に関わろうとはしない」


 蛍子がすかさずフォローに入る。


「それよりも、今はあちらに集中しましょう。早く月都様をお探しせねば」


 正論である。あずさは後方に対する注意も決して怠らないまま、目下最大の脅威である前方の使い魔を見据えた。


 植物人間と表現すべき異形の怪物は、あずさ達の敵意に反応するかのごとく、地を這いつくばるように駆け出した。

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