第11話 初邂逅
幼女と呼ぶには大人びているものの、少女と呼ぶには幼い。
それでも便宜上は可憐な少女と呼ぶべき、淡いプラチナブロンドをなびかせたネグリジェ姿のソレは、ニコニコとした面持ちで、月都の肩を叩いていた。
一切気配を悟らせずに、だ。
「ぐっ……!」
顔をしかめる、月都。
傍目には可憐な少女の手が肩に載せられているだけに過ぎない。
にも関わらず、彼程の卓越した魔人でありながら、少女の手のひらから滲み出る圧と魔力を前に、思わず膝を折ってしまいそうになる。
「根性あるな、キミ」
あくまで朗らかに、少女は優しさすら滲ませて語りかける。
「魔神であるこのボクに触れて命と正気を保っていられる人間なんて、そうそういないからね」
その言葉を合図に、月都にのしかかっていた圧力は綺麗さっぱり消え失せていた。
だがしかし、
「こんにちは、可愛い可愛い堕天使のお嬢さん」
可憐な少女のようなナニカ――魔神の突拍子もない出現に気を取られたあまり、月都は致命的に反応が遅れてしまった。
魔神は呆けたままのソフィアの肩に、いつの間にか手を置いていたのだ。
「あ、」
ソフィアは序列二位の魔人だ。魔神と直接対決する権利及び義務は序列一位、すなわち学園の最強の座を射止めた者だけにあるとはいえ、彼女もそのサポートとして戦場に立つ覚悟は済んでいた。
だからと言って彼女の過失や油断を責めるのは酷な話であろう。
まさか、思いも寄らなかったのだ。
魔神の本拠地に招かれた挙げ句、その主である魔神当人が、何ら敵意なく自らに歩み寄って来るなど。
「序列二位の魔人であっても、やはりボクという存在の強大さを前にしては、耐えられないか」
心底悲しげに目を伏せる魔神。だが、そんなモノ、月都にとっては些末なこと。
彼にとって重要であるのはたった一つの最悪な現状。
起床していないと思っていたはずの魔神が、何故か自在に動き回り、彼女が姉に触れたことで、姉の肩を起点にその肉体がズルリと溶け始めたということだけだ。
「死ね」
一切の感情を捨て去った無の面持ちで、月都は保有する固有魔法の内の一つ、【支配者の言の葉】を発動させた。
世界の理を書き換えるだけの強制力を持つ言葉は、かの魔神にすら届き得る。
事実ソフィアの傍らに佇む魔神の肉体はねじ切れ、ミンチと化した。
「姉ちゃん!」
慌てて駆け寄る月都の表情は、姉を慮るただの少年のソレであった。
横たわるソフィアの元へと駆け寄り、容態を確認する。しかし息はある上に溶けたはずの肉体も既に再生を初めていた。
おそらく魔神の魔力にあてられて気を失った。ならば、直接的な命の危機はひとまずないだろうと分析を終え、
「おい」
再び表情筋を死滅させたその顔を、魔神と名乗った少女に向けた。月都の固有魔法によってつつがなく命を奪われておきながら、何事もなかったかのように復活を遂げた彼女に対して。
「人様の大事な姉に何をしてくれてるんだ?」
「今の時点でこちらに悪意はなくとも、結果として災厄を振りまいたことに変わりはない。ならばボクはキミの敵意を受け止めるべきなのだろうさ」
芝居じみた言動で、月都の放つ殺意を涼やかに受け流す。
「かかってきたまえ。威力偵察だけでは測りきれなかったキミの力を、味見させてもらおうじゃないか」
未だ覚醒していない魔神と、人間性を捨てきれない魔人。
両者全力足り得ず。されど前座は今ここに開幕がなされる。
「行け」
抑揚のない淡々とした月都のつぶやきに応じて、固有魔法の内の一つ【這い寄る触手】。無色透明不可視のソレが何千本もうねり、絡まり合いながらも、魔神の元に殺到した。
「随分と物騒な代物だね」
地を――正確には空を滑るかのごとく回避。しかし何を考えたのか、彼女は見えないはずの触手に不用意にも手を伸ばす。
時間の差はないままに、鋭利な切断面だけを残し、魔神の左手首から先が飛んだ。
「あはは! これは中々」
手首が飛んだ程度で容赦する筋合いは毛頭ない。何せ現時点では魔神である彼女が、月都と比較して遥かに格上なのだから。
物量で押し流すべく、触手の波を作り上げ、魔神を呑み込ませる。
身動きのとれなくなった魔神に容赦なく浴びせかけるのは、膨大な魔力を燃料とした矢の一撃。
確実に魔神の心の臓を貫いたはず。
――が。
「おはよう」
相変わらず友愛に満ちた響き。月都を苛立たせてやまないソレが聞こえたと同時、彼は舌打ち混じりに命ずる。
「止まれ」
自らに襲いかからんとしていた衝撃波。触手と同じく不可視であったはずの攻撃を見切り、先んじて止めてみせた。
「だったら近付くってのはどうだい?」
「――!!」
視認不可能の速度で魔神が月都の懐に潜り込んだ。
かろうじて触手が盾をなしたものの、長く保たないことは明白。
「捕まえた」
現に魔神が一度、蹴りを繰り出した程度で、盾は呆気なく崩れ落ちた。
守りを失った月都は首を締め上げられ、苦悶に顔を歪める。
これでは肝心の【支配者の言の葉】を発することも出来ない。
戦況は月都側の詰み。誰もがそう考える絶望的状況下において――、
「――」
月都の瞳には敵に対する嘲笑が深々と刻み込まれていた。
魔神は言いようのない寒気を背筋に覚えた。本能から発せられる警告に従い、月都の首から手を離そうとするよりも早く。彼を中心とした爆発が魔神諸共巻き込んで、炸裂する。
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