第10話 悪夢の真っ只中

 分かっているのだ。


 自分がおかしくなっていることも。あり得ないくらい意固地になっていることも。


 幾ら自分が魔人としての才能に秀でているとはいえ、どうしてわざわざ危険を冒してまで学園の序列一位まで駆け上がり、魔神と戦わなければならないのか。


 グラーティア家の庇護を受けて、最愛の姉と一緒になる。それこそが普通のハッピーエンドのはずであった。


 にも関わらず、月都は拒絶する。プライドを折れば容易に訪れる幸福を。その意固地が、大好きで仕方ないはずの姉を逆に追い詰めていると知っていても、尚。


 誰にも虐げられたくない。それでいて自分自身の人生を歩むためには、守られているだけでは駄目なのだ。そううそぶいて、姉を苦しめる。


 ゆえに、月都は思ってしまう。


 自分はずっと悪い夢を見ているかのような心地であるのだ――と。


「姉ちゃん……」


 いつの間にか、ソフィアは声を上げて、人目も憚らず泣き出してしまっていた。


 月都にはどうすることも出来ない。ただオロオロと、感情を決壊させる姉を眺めるだけで精一杯。


 だが、そこで。


 このような修羅場でさえ些末に思える程の事態に二人は不運にも出くわす。


「――は?」


 疑問。脳裏を支配するのはそれだけ。


 夜の遊園地。イルミネーションが辺りを照らす光景が、つい先程まで月都とソフィアが立っていたはずの場所なのだ。


 しかし月都の足元には今現在、あろうことか空が広がっていた。


「何、ここ」


 泣き止んだ、というよりは泣き止まざるを得ないまでの異常事態。


 強張った面持ちのソフィアと共に視線を上へ移すも、そこにあるのは空ではなく色鮮やかな魚が泳ぐ海。極めつけに中央に浮かぶのは太陽と月。本来両立するはずのない二つであった。


「つー君」


「分かってる」


 先程までは散々取り乱していた両名ではあったが、こうなってしまえば話は早い。


 魔導兵器を召喚するのみならず、それぞれの魔導兵装を身に纏い、周囲への警戒を最大限にまで高める。


 魔人として常人離れした聴覚を研ぎ澄ませる。すると人っ子一人いない静寂の中、水平線の彼方から低く重い振動が僅かではあるものの、伝って来た。


「マズイな」


「そうね。何の間違いかは知らないけれど、私達は来てしまったのでしょう」


 そもそもこの世界は魔神という災厄を閉じ込めるための鳥籠だ。異物であるのはむしろ後から自然発生した人間の側。


 だが、本来であれば魔神が専用にして住まうはずの薄皮一枚隔てた隣にある空間が、いくら魔人とはいえ、人間を呼び寄せることはない。


 魔神が起床しない限り、彼女と魔人達は相互不干渉の関係性を維持しているのだから。


 もうすぐ魔神が起床することは周知の事実。それでも今は非覚醒状態であるはず。


 ――が、


「誘い込まれたのか? でも、いったい何のために」


 ひとりごちながらも、手は休めない。


 何故なら彼らの元には使い魔の大群が押し寄せているからだ。


 不幸中の幸いか、人型は混じっておらず、全てが動物を模しているようで実際には何かしらが歪な低級のものばかり。


 けれど、敵地においての数の暴力は平常時とはまた意味が違って来る。主に悪い方向で。


 油断も慢心も様子見すらもゴミ箱の中へ。月都は精密な射撃と、並外れた魔力量をもってして、使い魔の群れを圧倒的暴力により吹き飛ばす。


 遠距離戦闘を得手とする彼としては、接近されるよりも前になるべく数を減らしてしまいたいという魂胆があった。


 対する、ソフィア。


「はぁっ!!」


 頭巾ウィンプルとシスター服。修道女のような格好でありながら、魔導兵装特有の布面積が極端に小さいソレに身を包む彼女は、気迫と共に銃剣を振りかぶる。


 刃が使い魔の急所に突き刺さり、消滅。さらには横っ飛びに飛び込んで来た敵影にも迅速に反応し、ソフィアは何の躊躇いもなく引き金を引くことで閃光の奔流を放った。


 月都程ではないにせよ、彼女もまた序列二位の猛者。


 一直線に奔った閃光に触れた使い魔は全てが溶けて消えていく。例外はただの一つもない。


 必然、高火力の技を持ちながらも、近接戦闘もこなせるソフィアが前衛を、弓を構えた月都が後衛というフォーメーションが出来上がる。


 この姉弟が戦地にて肩を並べて戦う機会はこれが初めてではあるが、まるで不慣れさを感じさせやしない洗練された連携であった。


 絆はあるのだ。ただ単にすれ違っているだけ。


「獣共っ! 私の前から消えなさい!!」


 月都の矢がソフィアの動きを邪魔することはなく、ソフィアも無論、軽やかな身のこなしで斬撃と銃撃両方を織り交ぜ使い魔を殲滅するも、月都の意識を散らさせるような無様は決しておかさない。


 屈指の実力を誇る魔人二人の的確な対応に、大群であったはずの使い魔達は急激に数を減らしていった。


 かすかな安堵が月都とソフィア、両者の脳裏に過る。


 少なくとも当座の危機はしのいだ。後は速やかな脱出を考えるべきなのだといった指針を、己の内側で定めたところで。


「やぁやぁ若者達。ボクのおもてなしはお気に召してくれたかな?」


 驚異的な存在感を放つ可憐な少女が、一切気配をさとらせずに、月都の肩を至極フレンドリーに叩いていた。

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