第7話 未だ分からず

「よ」


 ヨーロッパの町並みを参考にしたとされる遊園地。


「どうも」


 その一角の野外ステージにて奏でられるヴァイオリンの音色に耳を傾けていたと思しき小柄な幼女が、月都の姿を目にした途端、片手を上げて歓迎しつつも、ニヤリと笑ってのける。


「その風船、どうしたんですか?」


 表情や所作には年上のあけすけな女性らしさを感じるものの、小学生のような格好をした小夜香と風船の組み合わせは、ミスマッチであるとは到底言い難い親和性を発揮していたのだ。


「もらった」


「……」


 顎でぞんざいに指し示した先へと目をやると、そこには着ぐるみ姿のライオンが、子どもたちに色とりどりの風船を配っている最中で。


 事情を瞬時に察した月都は、何とも言えない微妙な面持ちになる。


「発育に関しちゃ、どうしようもねぇからな。ははっ」


「……まだ成長期ですってば」


「んなもん終わってらぁ」


 下手な慰めは逆効果であると気付き、月都は会話を黙して終わらせることに決めた。


「じゃ、飯食いにいこうぜ」


「いいですね。丁度お昼時ですし」


 己の胸部装甲の貧弱さという屈辱でしかない現実から立ち直ったらしい小夜香は、パーカーのポケットに手を突っ込んで、首をコキコキと慣らした。


「何か希望あるか? ないのなら、オススメがあるんだが」


「だったら周防先輩にお任せしますよ」


 そうして連れられた先は、この地方において有名なラーメン店の支店であった。


 一応、外観は遊園地の雰囲気に合わせられているが、中から漂って来るのはかぐわしくも庶民的な豚骨の匂いである。


「ラーメン?」


「そう、ラーメンだ。食ったことねぇだろ?」


 コクコク、と。月都は首を縦に頷かせた。


「あたしの経験上、魔人の名門に生まれたような嬢ちゃん坊っちゃんには、下手に高いモンよりもジャンクなやつを食わせた方が喜ぶ」


「根拠は?」


「主だったところだと、蛍子とグラーティア」


 その言葉を合図に、月都と小夜香は連れ立ってのれんを潜り、店内に足を踏み入れていく。


「改めまして、ですが。今回は俺達に付き合ってくれてありがとうございます」


 カウンター席に並んで腰掛ける二人。月都は余裕で床に足がつくが、一方の小夜香は足が届かず、所在なさげに両足を丸椅子の上でブラブラとさせていた。


「確かにグラーティアが首突っ込んで来た時は胃が痛くなったが……ま、いいってことよ。可愛い後輩の頼みとあらば、例え変態とはいえ、聞かねぇわけにはいかねぇからさ」


 グラーティアと、名前が出た瞬間、月都はひとりでに苦笑せざるを得なくなった。


 自分が結構なシスコンであるのと同じく、ソフィアも結構なブラコンであることを、今更ながらに思い出すのだ。


「その友達とあらば、尚更だ――と、来た来た」


 小夜香の声に反応して目を向けると、湯気をたてた熱々のラーメンが、店員の手により二人の前に置かれていった。


「これがラーメン。未知との遭遇」


「信号機も知らねぇ箱入りだもんな」


 出されたどんぶりをやけに仰々しく眺める月都を、小夜香はからかう。


 事実、彼は歩行者用の信号機が赤であった時分に意気揚々と横断歩道を渡ろうとして、慌ててあずさが止めに入る一幕が、既に繰り広げられていたのだ。


「昼食食っても、交代までにはまだ時間がありそうだな」


 食事の最中は無言であった。


 話題がなくなったわけではなく、二人の仲が気まずいわけでもなし。単に月都が目の色を輝かせてラーメンを食していただけなのだが。


 蛍子に再現してもらうことは出来ないだろうかと、そんなことを考える傍ら、


「じゃあ、アレに入ってみません?」


「シューティングゲームか。いいぜ、面白そうだ」


 向かった先はラーメン店を出たすぐ側に立つシューティングゲームの建物。それを受けた小夜香は楽しげに腕まくりをするのであった。






 現在は極東魔導女学園のみならず、表の世界の学校でも同じく夏休み中ということもあり、シューティングゲームは結構な盛況であった。


「流れ自体は学園の授業と変わらなさそうですね」


 シューティングゲームの説明がモニターで流されており、どことなく無垢な瞳で月都はそれを見上げていた。


「周防先輩は序列五位ですから、射撃訓練もお手の物なんでしょう?」


「どうだか。人並み以上には物事を器用にこなす自信はあるが、それ以外はてんでさっぱりだよ」






「何がてんでさっぱりですか。満点叩き出しておいて」


 自信がないといったような趣旨の発言をしておきながら、シューティングゲームにて小夜香が叩き出したスコアは堂々たる満点。


 月都は月都で満点近いスコアではあったものの、その充分な成績もノーミスでゲームを淡々とこなしてのけた小夜香を前には、霞んでしまわざるを得ない。


「大丈夫大丈夫。小器用なだけだから。実際の戦闘じゃあ雑魚だから」


「序列五位がただの雑魚なわけないんですよね」


 さりげなく牽制と探りを両者均等に挟みながらも、月都と小夜香は適当に近場の土産物屋を冷やかしていた。


「ところでだ」


 並べられたガラス細工。いかにも興味深そうな様子で、それらを手にとったり眺めたりを繰り返す月都の耳に、


「おまえ、蛍子とはどうなんだ?」


「どう、とは?」


「抱いたのかって話だよ。それともこう言えばいいのか? ベットインしたのか否か、さ」


「ごほっ! ごほっ!」


 あまりにもド直球の問いかけが飛び込んで来たことで、思わず彼は咳き込んでしまう。


「いきなりなんて話をするんですか!?」


「何言ってんだ。こっちが真面目に聞いてるってのに」


 頬を紅潮させて月都は小夜香に食ってかかった。


「……俺とルコは、あの時点からあくまで友達なんですよ」


 しかし己を見据える双眸におふざけの色など何一つもありはしなかったことを察したがゆえに、月都は焦燥により昂ぶった感情を意図して鎮めるのであった。


「奴隷にしといて、随分と都合の良い話だこと」


「女は怖いですから。対等にしておかないと、とてもとても恐ろしくて恐ろしくて、思わず殺したくなってしまうんです」


 歪んだ本性を見え隠れさせる告白に、されど小夜香はため息を一つ漏らすのみ。


「蛍子はあれで聞き分けがいいところがあるから、求められない限りは一線を越えてはこないだろうが。いざ求められたらとことん尽くすと思うぞ」


「まだそういう段階じゃないですし」


「まだ? なるほど。後々手籠にする予定はあるってか」


「ああ言えばこう言う!?」


 だが、徐々に小夜香の態度が普段通りの砕けたものに戻って行くのを受けて、月都も結局最後には警戒を解くことになった。


「でもよぉ、これまでの人生で一度も女を経験してねぇってこたーねぇだろう? ツラ見りゃあ分かるぜそういうのは」


 序列上位の魔人でありながら、男に対して差別意識を持たず、親切でさらには面倒見の良いウィットに富んだ先輩であると、月都は小夜香をそのように認識する。


 だが、それと同時にリスク管理が非常に巧みであるとも考えてしまうのだ。


 彼女はこちらの深層に対して探りをいれるような態度を度々とっておきながらも、決して月都の地雷を決定的に踏み抜くことはないのだから――。


相手はどうせ白兎だろ? ははっ。バレたらグラーティアが泣くぞー。私のつー君が穢された!? とか何とか言ってよぉ」


「……分かってますってば。自分が刺されてもおかしくないってことは」


「いいや、おまえは本当の脅威ってモンを分かってないね」


「先輩は!!」


 それはそれとして、何やら一男性として旗向きが悪くなって来たのは事実。月都は無理矢理に話題の転換を試みた。


「随分とルコに肩入れするようで」


「してるわけねぇだろ。あいつにとっちゃ、あたしはただの豚であり、あたしにとっても蛍子は可愛い後輩。それだけさ。それ以上であってたまるかってんだよ、くそったれ」


 ピシャリと言い放つ。


 ともすれば冷たいようでいて、けれどもこれこそが彼女の確固たる誠意であるように、月都にはどうしてもそう思えて仕方なかったのだ。


 小柄で華奢でふてぶてしく、それでいて親切で朗らかな先輩――周防小夜香。ささやかな胸の奥に、いったい彼女が何を秘めているのか。


 やはり今の月都には分からなかった。

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