第5話 一人当たりつー君が二時間

 世間知らずの月都が表の世界へと遊びに行きたいという欲望と、そんな彼を狙う襲撃者達のあぶり出し。


 二つの意図をもって夏季休暇における行程は決定されたのだ。


 本来であれば引率役は三年の小夜香のみであったものの、どこぞのブラコンをこじらせた生徒会長が割り込み、あずさが激怒して――現在に至る。


「つー君」


 学園の片隅にある表の世界へと通じる門を抜けた一行は、とある地方都市の駅。その構内で営業しているカフェにひとまず腰を落ち着けていた。


「このチーズケーキ、とっても美味しいわよ」


「……それはいいことだ」


 月都の右隣に座るのはソフィア。


「はい、あーん」


 彼女は弟へと向けるに値する慈愛の微笑みでもって、一口大に切り分けたチーズケーキを月都の口の中に運ぶ。


「ご主人様」


 確かに美味しい。美味しいのだがそれよりも先に、左隣から発せられている刺々しい視線に注視せざるを得ない。


「抹茶パフェ、一口いかがですか?」


 最もあずさが月都に向ける眼差しは敬愛で満ちている。彼女が敵意を抱くのは、彼を挟んで向かい側に座すソフィアに対してでしかなかったのだから。


「……あぁ、ありがとう」


「あーん、ですよ」


 爽やかではない汗を流しつつ、言われるがままに口を開ける。


 抹茶アイスの芳醇な味わいを楽しむ心の余裕がないのが、実に残念なことに違いない。


「つー君」


 ソフィアが月都の右腕を組み、


「ご主人様」


 あずさが月都の左腕を組んだ。


「アナタ、私とつー君の時間を邪魔しないでもらえるかしら」


「そもそも割り込んで来たのは生徒会長様の方では?」


「助けて! ルコ! 周防先輩!」


 ギリギリギリギリ、と。わりとシャレになっていない腕力で身体の自由を両サイドから奪われた月都。


 彼はたまらず向かいの席に腰掛ける同行者二名に助けを求めるも、


「わたくしのような端女の手を借りずとも、偉大なる人間様であられる月都様であれば、きっとこのような修羅場もいなして然るべきでございましょう」


「両手に花たぁ、いいご身分だな」


「誰かぁ! 誰か俺の味方はいないのかぁぁぁぁ!?」


 尊敬の念を隠そうともせずに、感極まった面持ちで腕を胸の前にて組み合わせる蛍子も、頬杖をついて半眼で月都を見やる小夜香も、期待するような特効薬とはなり得なかった。


「何を言ってるの? 私はつー君の味方。赤ん坊の時からずっと一緒の幼馴染で、婚約者で、お姉ちゃんじゃない」


「心配はいりません。あずさはご主人様のメイドにして奴隷ですから。ご主人様の望む全てを捧げてみせましょうとも」


「とにかくだなぁ!」


 魔人の腕力は常人離れしている。


 たとえ左右に陣取るのが、スレンダーな金髪美少女だろうが、ロリ巨乳の兎耳メイドだろうが、魔人の中ではわりとひ弱な部類に入る月都にとって、彼女らの存在は頑丈な拘束具以外の何物でもなかった。


「……休憩も済んだことだし、ひとまずは遊園地に向かう」


 しかしこのままカフェに入り浸るわけにもいかず、月都は話の主導権を握ることで、場の停滞を解消させようと試みた。


「その御心は?」


「俺が行ってみたいから」


「あらあら」


 くすくすと蛍子は口元に手を当てて笑う。


 その所作だけであれば淑やかな大和撫子でしかないのだが、生憎と彼女の中身が変態であることを月都はとっくの昔に知ってしまっていたのである。


「ちなみにだ、乙葉。おまえ、その状況で遊園地を練り歩く気か? めっちゃ目立つぞ」


「うっ」


 アイスティーをストローですすりながら、至極的確な発言をする小夜香。


「そこで提案がある」


 思わず顔をしかめた月都を安心させるかのように、鷹揚な態度で解決策を述べていく。


「遊園地の滞在時間は八時間。それぞれの時間をそれぞれの女に割振ればいい」


「単純計算で一人当たりつー君が二時間ということになるわね」


 迅速に思考を切り替えたソフィアの一言。


「あたしも含めんのか?」


 それを受けた小夜香は一瞬面食らった表情になったものの、


「……いや」


 瞳を猫のように細めたと思いきや、途端にいたずらっぽい雰囲気を漂わせ始める。


「そうだな、折角だし乙葉もここらでいっちょ、おねーさんの魅力を知っておくべきか」


「え?」


「わたくし、割り箸でクジを作りましたの」


「でかしたぞ、蛍子」


 月都が困惑している間に、魔人の少女達はどんどんと話を先に先にと進めていく。








 たどり着いた遊園地。まず最初に月都と行動することになったのは、


「一番乗りはあずさなのです」


「よろしく」


 白兎あずさ。月都を偏愛する銀髪兎耳ロリ巨乳戦闘メイドであった。


「ご主人様は何か希望がありますか?」


「そうだな……」


 とはいえ二人きりになったことであずさから滲み出ていた殺気にも等しい敵意は、忽然と消え失せていた。


 ぴょこぴょこと跳ねるその様は、愛玩動物めいた可愛らしさを醸し出す。


「アレがやりたい」


 指し示した先には電動自転車を乗りこなす男女の姿。


 ここは遊園地ではあるが広大な敷地を誇り、尚かつ自然も豊かだ。


 アスレチックや海水浴も楽しめる他、月都が興味を示したように、レンタルした自転車で遊園地の内部を走り抜けることも可能であった。


「本で読んだことはあったんだが、ずっと憧れてて」


「それではあちらでレンタルして来ましょう」


 勢い勇んで自転車のレンタルに向かうあずさ。道中転びかけたものの、そこはいつも通り月都が咄嗟に腕を掴むことでフォローをする。


「出発です」


 普段は固有魔法によって封じている身体能力をわざわざ解除して、あずさは二人乗り専用の自転車、その前方の座席にまたがった。


「違う、そうじゃない」


 手をうねうねと複雑に蠢かせ、何とか己のふわっとした希望を表現しようと苦心する。


「こう……俺が女の子を後ろに乗せたかったんだ」


「何たる無礼! 気が利かず、誠に申し訳ありません!」


「いや、結局二人で漕ぐ仕様なのは変わらんし」


 そもそも月都は自転車に乗ったことはなかったので、場合によってはあずさ一人の並外れた身体能力で引っ張ってもらわなければならないかもしれない。


「――良かった。行けそうだ」


 だがしかし、そんな月都の懸念は杞憂に終わる。


「流石はご主人様! 一度も乗ったことのない自転車を速やかに乗りこなしてしまうとは!」


 伝え聞いた情報だけを頼りに、多少危なっかしくはあるが、月都は自転車の運転を初回にて成功させた。


「俺の希望を最初に聞いてもらったわけだし、次は合わせるぜ」


 流れる風に身を委ねながら、


「何かやってみたいことはあるか?」


 月都は振り返ることなく、あずさに問いかける。


「あずさは、ですねー……」


「遠慮しなくでいいんだぞ」


 何やら歯切れが悪い。


 けれども、月都が先を促したことで決意が固まったらしい。


「ガイドブックで目にとまったのですが、この遊園地ではチョコレートが作れるそうなのです」


「……」


 早速月都に苦難が訪れんとしていた。


 白兎あずさ、十七歳。得意分野は暗殺と諜報と戦闘。苦手分野は家事全般だ。

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