第4話 夏休みの計画と思惑
「あらあら、まぁまぁ」
おっとりとした微笑と優美な立ち振る舞い。
新参者であるにも関わらず、父親が料理人だったこともあり家事能力の高い蛍子は、月都に敗北してから二ヶ月、すっかり彼らの和風メイドとして定着していた。
「初対面の殿方と密室で二人っきり。その上で堂々と服を脱ぎ、月都様のお身体を興味津々にまさぐられるとは……」
そんな彼女は今日も今日とて視界が悪くとも手際良く、月都達のために奉仕を続けていたのだ。
「もしや我が学園の序列一位は変態でいらっしゃれますので?」
「ウェルテクスもルコにだけは言われたくねぇと思うぞ」
思わずつっこむも、蛍子はニコニコ笑顔で受け流す。
徹頭徹尾無自覚であったローレライとは対照的に、蛍子は自らが変態であることを存分に理解しているのだから。
「それよりも、だ」
食卓に並べられるのはパスタやコンソメスープ、シーザーサラダといったどれも美味しそうなものばかり。
「慰め方が一向に分からん。同性相手ってことで、頼んでもいいか?」
けれど、肝心のあずさが部屋にこもってしまっていた。
どうやら先程の一件が尾を引いているらしく、月都は月都なりに慰めたのだが、ああ見えてあずさは結構面倒くさい。
月都は彼女のそういったところも含めて好いている。しかし突破口が見当たらず困っているのもまた事実。
ゆえに第三者である蛍子に後を託すことに決めたのだ。
「承知致しました」
胸に手を当てて、深々と頷く。
「あずさちゃん、あずさちゃん」
「……蛍ちゃん」
楚々とした足取りで向かった先に、兎耳をへにょんと垂れさせるあずさが、冷たい床の上を転がっていたのである。
「昼餉が冷めてしまいますよ」
「あずさは生きる気力を失ったのです」
「本日のメニューがあずさちゃんのお好きなボロネーゼだとしてもでしょうか?」
一瞬、ふわふわの兎耳がピクリと反応した。
だが、晴れたと思ったはずの暗雲は容易にあずさの周囲を立ち込める。
「……メイドとしての仕事は蛍ちゃんに劣り、妹力は序列一位に劣る。ソフィア・グラーティアが一番目であることは火を見るよりも明らか。こんなザマであずさが生きる意味なんてないのです」
あずさが己を二番目の女と揶揄するのは、蛍子も既に知ってはいた。
その上で、ローレライ・ウェルテクスに好印象を覚えていた月都の姿を前に、嫉妬心を抱いてしまったであろうことも、予想がついたのだ。
「何も心配する必要はありません」
互いの呼び名の変化からも分かるように、蛍子とあずさは親しい関係を築きつつあった。
「何故ならわたくし達は皆、皆、皆、等しく豚。そこに貴賤などありはせず、卑しくて当たり前なのですから」
だからこそ蛍子は自らが出来得る最大限の励ましを送る。
「最もわたくしがその底辺であることに変わりはないのですがね」
蛍子があずさの元に向かってからそう時間は経っていない。
「良かった。元気になったんだな」
それでも蛍子はあずさを迅速に連れ帰って来たのだ。月都の表情が喜色でほころぶ。
「元気になったといいますか、自分よりもヤバいモノを見ると人間は落ち着いてしまうのですよ」
「あら、あら、あら」
実際には友人にして同僚のイカれっぷりを再確認して頭が冷えただけなのだが、結果はオーライでしかないので、あずさはこれ以上何も言うことはなかった。
「よし、全員集まったことだし、食べながらでいいから聞いてくれ」
そうして月都は語り始める。
極東魔導女学園に乙葉家の息がかかった教師が堂々と赴任して来た件についてを。
「申し訳ありません」
「何で謝る」
「あずさが先んじて殺しておけば、こんなにも面倒なことにはなりませんでした」
あずさは心底悔しげな面持ちで頭を下げる。
彼女は月都のメイドとして彼の命を狙う刺客を闇の中に葬り去ることを、第一としていた。
されどそこに、よりにもよって表から堂々と、身分を明かした敵方の勢力が月都に接触して来るとは予想だにもしなかったのである。
「おまえが裏で上手くやってくれてるから、表にまで引っ張り出せた。そういう考え方も出来るだろ」
「それは……」
決して慰めではなく、コレは月都の本心であった。
「とはいえ、桐生舞羽があの女が漏らした次の手なのか、はたまたアレはデコイに過ぎず、水面下で俺を抹殺する計画が動いているのか。今のところ判断はつかないな」
あずさがあまりにも暗闘に長け過ぎているがゆえに、月都を狙う者達がやり方を変えなくてはならなくなった。
ソレはあずさが乙葉家の勢力をたった一人で大幅に削ってのけたことの証明にもなるのだから。
「お一つ、よろしいでしょうか?」
「いいぞ」
そこで、これまで誰かと通話し、今しがたそれを終えたばかりの蛍子が手を上げる。
「紫子さん……一ノ宮家当主から伺ったのですが、学園の理事長であるグラーティア家当主が、乙葉家当主と激しい政治戦の末、理事長側が押し負けて桐生舞羽の投入を受け入れたそうです」
「姉ちゃんは元より、アリシアさんも俺を入学させてくれたことで、随分無理を通しただろうから。仕方ない」
パスタを口にしながらも、懐かしむかのごとく月都はしみじみと呟いた。
「殺しますか? 桐生舞羽を」
当たり前のように物騒な思考にたどり着く。しかしあずさは暗殺者として育てられた魔人であり、致し方ないことでもあった。
「おまえの心意気は素直に嬉しい……が、こちらも表……様々な勢力の目がある学園で迂闊に動けば、潰される可能性がある」
そこまで言いかけて、月都はふと何かに気付いたように目を細めた。
「いや、表は表でも、学園じゃあなくて、表の世界そのものならさしたる問題ないか」
暫く黙考した後、
「あずさ、ルコ」
改めて傍らの兎耳メイドと和風メイドに向き直る。
「折角の夏休みだし、外で過ごしてみるってのはどうだ?」
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