第3話 解釈違い
「乙葉家の犬か。俺を監視して隙あらば殺す気か?」
「いえいえ、ワタシはあくまで生徒指導。魔人としてアナタの存在を許容したくないのは本心ではあるものの、後輩達を教え導くために、赴任して来ただけですからぁ」
「よく言うぜ。どうせ裏から手を回してもあずさに潰されるから、苦肉の策で表に出るしかないくせに」
「そこはそれ。ご想像にお任せするとしましょうかぁ」
にらみ合う月都と舞羽。
乙葉家から逃げ出した魔人の男と、現在の乙葉家に忠誠を誓う分家の女。生徒と教師といった立場を踏まえたところで、相性は最悪に違いない。
第一、序列三位にまで上り詰めたとはいえ、この学園が敵地であることに変わりはないのだから。
「難しいお話はよく分からないけれど」
ベンチに腰掛けるローレライ。
「私は月都お兄ちゃんにお部屋まで送ってもらわないと」
松葉杖だけでの歩行は足が不自由であるがゆえにあまりにも心許ない。よって彼女は月都に自室までお姫様抱っこで送ってもらう気満々だったのである。
「しっしっ、なんだよ」
だからこそ、相当な辛辣さが言葉に混じる。
「そう言うわけにもいかないのですよぉ」
序列一位【
「先程も申し上げた通り、序列一位ともあろう御方が、男と共に寮に戻るなんてはしたないにも程がありますしぃ、そもそもその男が獣になったらどうするのですぅ? 断じておやめになった方がよろしいかと思われますねぇ」
あくまで生徒指導として、月都が送り狼と化すかもしれないという、存外に常識的な理論でもって彼らを諌めるのだ。
そこにどういった意図が含まれているのか、傍らの月都が思案に耽る暇も無く、
「私の前から消えるんだよ」
完全に気分を害したローレライが魔導兵装すら纏うことなく固有魔法を発動。千を超える水の槍、その全ての照準が舞羽に向いた。
「おやおや」
だが、舞羽の口元は余裕綽々に吊り上がったまま。
さりとて回避も迎撃をも行うことはなく、ローレライの作り出した水の槍の攻撃を全てその身に直接受け止めた。
攻撃が終わって数十秒後。もうもうと立ち込めた砂埃が晴れることで悪化した視界は元に戻る。
そこには千の水の槍を受けたところで、何ら変わることのない悠然とした佇まいを維持する舞羽が存在していた。
傷一つ、どころかスーツすら先程と同じ、新品同然の装いである。
「……あぁ、そう」
吐息。あまりにも大人びたソレが、あろうことかローレライから発せられていた。
「とんだ茶番なんだよ」
「私にも立場というものはありますのでぇ」
「月都お兄ちゃん、抱っこして? 抱っこなんだよ」
先程まで舞羽に向けていたはずの刺々しい殺意は、いつの間にか彼女の内から消え失せていた。
「気にしなくて大丈夫。彼女は私に逆らえない」
その言葉の通り、月都に抱かれて去っていくローレライを、舞羽は結局本気で止めることはなかったのだ。
「ふっかふか。ふっかふか」
極東魔導女学園学生寮の最上階。
「随分と広い部屋だが、ウェルテクスが一人で暮らしてるのか?」
「そうなんだよ。とはいっても、時々お世話をしてくれる人は来るけどね」
ワンフロア丸々を居室として用いた豪華仕様。その寝室のベッドにローレライは制服姿で寝転がっていた。
「じーっ」
「どうした?」
しかし突然、好奇心に輝かせたローレライの眼差しを一身に受け、思わず月都はたじろぐ。
「月都お兄ちゃんは、男? って言うんだよね」
「おぉ、まぁ」
「私は女。男じゃないから。何が違うのか気になって」
ローレライの記憶力は常人と比べてかなり低い傾向にあるのだが、さりとて全てを余すことなく忘却するわけでもなかったらしい。
「確かお胸がないのは男だって聞いた覚えがあるの。いつどこで、誰から聞いたのかは忘れちゃったけど」
事実、ソフィアが苦肉の策として教えた男と女の違いそれ自体は記憶していたのだ。
「ね、見せ合いっこしよ?」
「は?」
月都とローレライはほぼほぼ初対面のようなもの。さらには年頃の男と女。薄暗い寝室で二人っきりだ。
「恥ずかしい? なら私から見せてあげる」
躊躇いなくローレライは黒を基調とした学園の制服に手をかけ、脱ぎ始める。
「……ウェルテクス!!」
「うにゅ?」
「絶対に信じたくはなかったが……、おまえ、下着をつけてなかったのか……!?」
そう、実際には薄々察してはいたのだ。
けれども認めたくはなかったのである。推定Cカップはある女子高生が、ブラジャーを着けてはいないなどという蛮行を――!
蛍子のような常識を一から十まで理解した上で笑顔で踏みにじる変態性とはまた異なる。
ありのまま、あるがままの自然体で変態的行動を容易くやってのけるローレライは、しかしまだまだ止まらない。
「何だか、下の手触りが違う気がする」
止めようとする月都と楽しげに抵抗するローレライ。揉み合う形となる二人だが、とうとう月都の一部分が己とは明確に異なることに気付いてしまったようだ。
「見せて欲しいんだよ」
そうして向けられるのは天真爛漫な微笑みと付随するお願い。
「断るっ!」
あらゆる知識が皆無の人魚姫を前に、月都は半ば悲鳴じみた拒否の言葉を突きつけていた。
「私のも見せてあげるんだよ」
それでも尚折れないローレライ。上半身をはだけさせただけでは飽きたらず、プリーツスカートのホックにすら手をかけ始めた。
「だーかーらー! 初対面の男相手にあられもない姿になるなって!」
「あはははは! あはははは!」
当初よりその蛮行を必死に止めんとする月都と、表情を満開の花にも等しいまでにほころばせるローレライ。
月都の側は必死でしかないのだが、ローレライにしてみれば、彼とじゃれ合っているといった感覚しかないのかもしれない。
と、そこで。
「……電話か?」
室内に着信のコール音が鳴り響く。
「そうなんだよ」
「席、外した方がいいよな」
「うん、残念」
心から残念で仕方ないといった風に、ローレライは呟いた。
「また一緒に遊んでくれる?」
そうしてはしたないにも程がある半裸のまま、縋るように月都にしなだれかかる。
「――いいぞ。ここに来れば、おまえに会えるんだな?」
後ろから抱きつかれていることで、ハッキリとローレライの様子を伺えたわけではい。
けれど、両者密着していることで、心臓の鼓動と下着に包まれていない柔らかな膨らみの感触は、確固たる質感を伴い背中越しに伝わって来るのだ。
「月都お兄ちゃん」
ローレライがどこか熱っぽく口を開いた。
「私のこと怖くないって言ってくれたのね、すごく、すごく。嬉しかったんだよ」
学生寮を後に、月都は現在の住居である旧学生寮の改装された一角へと帰宅する。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
そこには小柄な体格に似合わぬ大きな胸を躍動させたメイドが、全力の愛嬌を振りまいて、出迎えを遂行していた。
「ただいま帰ったぜ。あずさ」
「ローレライ・ウェルテクスとの接触はどうでしたか?」
「そうだな……」
顎に手を置いて、
「年下の女の子にお兄ちゃんって呼ばれるのは、何だか気分が最高に良い。俺にはお姉ちゃんはいても、妹はいなかったから」
真顔で月都はこう答えた。
他にも話し合うべきこと、報告すべきことは多いが、おそらく最も重要であるのはコレに違いないとの判断なのだ。
「え」
一瞬、あずさはフリーズする。
「じゃあ! それじゃあですよ!」
しかし精神力を振り絞り、迅速な復活を済ませた。
「あずさも僭越ながら、ご主人様のことをお兄ちゃんと呼ばせて頂きたく――」
「――悪いがそれは解釈違いだ」
「どうしてですか!?」
あずさは可愛い。メイドにして従者たるあずさを愛でることは、月都のライフワークといっても過言ではない。
だが、それよりも前に月都にとってのあずさとは護衛として頼れるお姉さんでもあるのだ。決して妹のようなか弱い存在ではなかった。
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