第27話 あだ名
月都達が住まう旧学生寮。そこに設えられたモニターにて、彼とあずさは今しがた送られて来た映像に目を通していた。
『――というわけで』
波打つ金色の髪をたくわえた、スラリと背の伸びた美少女。
『序列一位【
冷徹さと威厳を兼ね備えた暴君。学園会議にて決定された事項を、新序列三位の男に伝言する役割。それを彼女は極東魔導女学園生徒会長として負っていたのだ。
『序列三位【
序列上位につけられる二つ名は、基本的に学園会議で決定されるものだ。
『これからもいっそう魔神や使い魔から表の世界を守護すべく、鍛錬に励みなさい』
おそらく眼前の姉が考えてくれたであろうその名を、月都は噛みしめるように受け取った。
『最後に一つ、言っておくべきことがあったわね』
髪が優雅に払われる。
『私個人としても、元序列三位【
絹糸のごとき髪が艷やかに流れ落ちた。
『だけど、これ以上先には進ませない』
あくまで暴君としてソフィアは月都を止める旨を宣言した。
『乙葉。覚えておくことね。アナタが序列三位以上を目指すのであれば、真っ先にこの私、序列二位【
その言葉を最後に録画されていた映像は、プツンと音をたてて途切れるのだ。
ブラックアウトしたモニターから目を離し、月都は自分から見て隣の位置に目をやった。
「素晴らしいのですよ! ご主人様!」
すると、フンフンと可愛らしく鼻息を荒げたメイドの姿が。
「学園に転校されてから二週間足らずで学園の序列上位の座を射止める。想定通りとはいえ、やはり! ご主人様の御力が世間に知れ渡ったことについては! メイドとして従者として! 歓喜せざるを得ないのです!」
銀髪のてっぺんにふわふわの兎耳を生やしたあずさは、興奮した面持ちに比例して、その兎耳も派手に上下するのだ。
「あずさは可愛いなぁ」
小動物めいた愛らしさ。
相変わらずの可愛さに、月都は心が和んでいくのを感じた。
「確かに俺は一ノ宮を踏み台にすると同時に、あいつと友達になることが出来た。だが、おまえが一ノ宮について調べてくれなかったら、こうはならなかったんだ。あずさの働きのお陰で、俺は俺の望み通りに事を運べたのさ」
そっと、彼女の側に歩み寄り、
「おまえは本当に忠義者だよ。ありがとう、俺の側にいてくれて」
兎耳から手触りの良い柔らかな銀髪をも含めて、大きな手のひらで月都はあずさを撫で回す。
「あうあうあうあうあうあうあうあう」
顔を真っ赤にするも、決して嫌がっているわけではない。
むしろ歓喜しているからこそ、羞恥はより燃え上がるのだ。
「ご主人様!」
「ん?」
暫くはされるがまま、月都に身を委ねていたあずさ。
「誠に僭越ながら……その、」
そんな彼女が唐突に声を張り上げたかと思いきや、次の瞬間にはモジモジとし始めたために、月都は不思議に思って首を傾げるのだ。
「家事も何一つ出来ないメイドの分際で恐れ多いのですが」
相変わらず家事が不得手であることを気に病んでいるらしい。存外に生真面目なあずさはそう断った後、
「ご主人様は確かに一つの偉業を成し遂げられました。よってご褒美のちゅうをさせて頂きたいのです!」
夢のような提案をして来たのだ。無論、月都が断る理由など一切なかったとだけは、ここに記しておこう。
「どこぞの豚を倒されたことで、月都様は学園にて確固たる地位をお築きになられました」
あずさは月都の護衛と並ぶメイドとしての重要な役割――掃除をするべく寮を出ていった。
「お次はどうされるおつもりで?」
「決まってる。姉ちゃんだな」
今現在、改装された旧学生寮の一室では、リビングで紅茶を飲む月都と、主たる彼に甲斐甲斐しく給仕をする、新しく加わったもう一人のメイドの姿があった。
「俺は俺の人生を手にするべく、魔神を追い返すだけじゃない。倒さなきゃなんねぇから。戦力が多いに越したことはないんだよ」
あずさの出で立ちは黒のワンピースと白のエプロンという、オーソドックスなメイドスタイル。
「それに昔みたいにずっと一緒にいたいから。あずさやおまえと合わせたみんなで仲良く出来れば、これ以上の幸せはないな」
それに反して、彼女の格好は和装とエプロンを組み合わせた、いわゆる和風メイドスタイルであったのだ。
「ところで、だ」
「はい、月都様」
月都の呼びかけに、束ねた紫の長い髪を後頭部でまとめるように結わえ、端正な顔立ちの半分を前髪で覆い隠した大和撫子は、いつも通りのたおやかな笑みでもって答えてみせる。
「一ノ宮はこれで良かったのか?」
月都の固有魔法【絶対服従】によってあずさと同じく首輪をかけられ奴隷化した蛍子は、お代わりの紅茶を注ぎ終えるや否や、お茶受けである先程出来上がったばかりのレモンのタルトを切り分けていく。
「おまえは俺の友達になった」
慣れた手付きで給仕を続ける蛍子の様子を、ぼんやりとした眼差しで眺めながら、
「俺は俺の固有魔法で首輪をかけた相手、絶対に逆らえず、対等な状態にした女しか、友達に出来ない。これだけ女嫌いをこじせてるっつーのに、友達は欲しいんだ。だって寂しいから……我ながら歪んでる」
砂糖とミルクをティーカップの中に惜しげもなく投入する。
「拒否権のない状態で聞くのも何だか、後悔してないのかどうか。一応、聞いておきたい」
「後悔も何も、わたくしは死んだも同然、死んで当然でした」
毒を呑み続け、完全に見えなくなった挙句、前髪で覆い隠されている左眼と、かろうじて見えているとはいえ、格段に視野の狭くなった右眼。
「自殺願望を掲げるわたくしに、生きる希望を見出してくださった。他ならぬ復讐という道筋を」
濁り、澱み、光が無いことに変わりはない。
「あなた様の導きは僥倖というより他はなかったのです」
だが、纏う雰囲気はどこか晴れやかなモノへと変じていた。
「どうか導いてくださいませ。この卑しい卑しい豚を」
過去に起こった悲劇は変わらずとも。
たとえ月都に誘導された結果だとしても。
「――あぁ、一緒にこの腐った世界をぶっ壊そうぜ」
蛍子は自ら死ぬことを止めたのだ。
目指す先は父を虐げた世界に対する復讐であったとしても、彼女は前を向いて生きることに決めた。
歪んではいる。しかし後ろ向きではない。少なくとも自ら毒を呑むことはやめたのだから。ならば、とりあえず今はそれで充分であろう。
「折角友達になれたわけだし、俺もこう……呼び方を、今までとは変えた方がいいかもしれん」
蛍子は月都への好意が跳ね上がった結果、彼を月都様と呼ぶに至った。
「何か希望はあるか?」
自分もそれにならって、蛍子への呼び方を、一ノ宮といったよそよそしい類のモノから一新させるべきかといった思考に及んだ。
「それでは端的に、雌豚とお呼び――」
「――くださいじゃねぇよ!」
思わず声を荒げてしまう、月都。
「おまえやっぱ変態だよなぁ!?」
「あらあら、まぁまぁ。月都様。当たり前のことをおっしゃられたところで、堪えるような身ではございませんので♡」
「流石に雌豚はないだろ雌豚は……」
「でしたら、ド淫乱女でもよろしいのではないでしょうか?」
「それはもっとねぇよ!!」
月都の奴隷になろうとも、染み付いた変態嗜好がそう簡単に薄れるわけもなかったらしい。否、むしろ腹を割って話せるようになった分、悪化しているといった方が良いかもしれなかった。
「ルコ」
「え?」
「
その事実に対して頭を抱えつつも、蛍子の名を今までとは異なる形で呼んでみせた。
「友達が出来たら、一度あだ名で呼んでみたいって考えてたんだ」
「……」
何度か目を瞬かせる。
懐かしいその呼び名を、蛍子は感慨深い気持ちで頭の中に反響させた。
「えぇ。そのようにお呼び頂ければ、これ以上ない幸福かと」
かつて愛した父親が、娘である己を呼ぶ名。
全くの偶然でソレを引き当てた主。蛍子はこれぞ天職と言わんばかりに、そんな彼の世話を焼くことに対して、豚として奴隷として、至上の歓びを覚えるのであった。
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