第25話 対序列三位【狂戦士】戦 閉幕

 地が震える。


 無論、そんなものは錯覚だ。


 ただ単に蛍子から発せられる魔力が強烈であったがゆえに、肉体と感覚がそのような錯覚を真に受けただけのこと。


 先程までの蛍子は狂気に満ちた振る舞いをしているようで、その実内側には悲壮感で満たされていた。


 だが、今は違う。


 自殺ではなく復讐。新たな道を見出してくれた月都に良いところを見せたいのだと、情けない姿を晒してしまったことを挽回したいのだと、そんな素直な思いによる真っ直ぐな突撃なのだ。


 間合いに踏み込む。機敏な動作で蛍子は戦斧を旋回。大振りなようでいて隙のない一撃。身を低く屈めた体勢とも合わさって、その様は獣のごとし。


 あずさに師事しているとはいえ、蛍子程の強者を相手に生半可な近接戦闘は、一方的に蹂躙されるだけの末路しか迎えない。


 けれど、散々避けようとしていた真っ向勝負の領域に、いざ腹を括って足を踏み込んだ月都は、どことなく高揚感を抱いていた。


 だからこそ悲観せず、彼は当たり前のように力を振るう。


 乙葉月都という名の魔人。彼本来の強みは才能によるタコ殴りなのだから。



 固有魔法【支配者の言の葉】を載せて、至近距離で矢を放つ。


 しかし不殺の呪いによって威力を抑えられたその攻撃は、どれだけ蛍子に突き刺さったところで、彼女の固有魔法【被虐願望】を前にすれは、暖炉の薪にしかなり得ない。


 だからこそ面ではない。点を狙った。魔導兵器を形作る魔力の密集地帯。本来であれば目視不可能な核を射抜く。


 トン、と。いっそ軽やかな音が鳴らされる。


 それと同時にいとも容易く蛍子の振るう魔導兵器が砕かれた。


「な、」


「隙あり」


 さしもの蛍子も手にしていたはずの武器が一瞬にして失われたことに対しては、驚愕を隠し切れなかったようだ。


 動揺は綻びへと繋がり、彼女程の戦士であっても月都の手刀で屠れるまでに追い込むことを可能とする。


「良かった。本当に良かった」


 殺さずに蛍子を降せたこと。崩れ落ちていく狂戦士を前に、月都は心底安堵する。


「不殺の呪いの影響下にあっても、死ねと【支配者の言の葉】で命じれば終わる話だけれど、殺さないでいられて本当に、本当に、本当に、良かった」


 何度も何度も、くどいくらいに連呼して、ほっと胸を撫で下ろす仕草を見せた。


「これで俺とおまえは対等になれる」


 完全に意識を失っているわけではない。薄れゆく最中に、蛍子は不気味に蠢くルビーの双眸に見下される感覚を覚えていた。


「おまえは俺に逆らえない。おまえは俺に敵対出来ない。おまえは俺に害をなすことが出来ない。首輪をかけて、ようやく対等だ。首輪をかけて、やっと友達になれる」


 けれど、蛍子は自他共に認める変態嗜好の持ち主であったがゆえに――、


「本当は良くない。俺は悪くて、俺が悪い。でも良かった。おまえを奴隷化出来て。おまえと友達になれて」


 乙葉月都。豚である自分達とは異なる真の人間。


 そんな彼のモノになれるのは、やはり幸福であるに違いないと、背筋にゾクゾクとしたナニカを感じながら、恍惚と共にその意識は沈む。


「ごめんな」


 最後にそんな言葉を聞いた。


 寂しそうな、子どものような。あどけない、声音を。







 学園会議は紛糾していた。


 しかしそれも当然のことであるのだと、この会議にて二番目の権力を有するソフィアはそのように断じた。


 何故なら、魔人の資格を有した男が学園に転校して来ただけでも、かなりの大事件であったにも関わらず、あろうことか彼は序列三位を決闘において叩き伏せてしまったのだ。


 序列上位の魔人が序列下位の魔人に破れた際、序列上位の魔人はその立場を勝者に明け渡さなくてはならない。


 蛍子に勝利した月都は、晴れて序列三位の座に漕ぎつけることが叶ったのだ。学園会議が急遽招集されたのは、そういった経緯があったがゆえのこと。そして紛糾しているのは、男が序列三位の座につくことを認めぬ女が、誰彼構わず噛み付いているからである。


 最も極東魔導女学園序列二位【魔聖女ルシファー】ソフィア・グラーティアとしては、前々から月都本人にも語っていた通り、自衛のためにもある程度の地位を手に入れることは許容範囲内であった。


 だが、これ以上先に進ませてしまえば、彼は魔神との戦闘の場に立ってしまう。序列一位に限った死亡率九割の鉄火場に。


(それだけは……絶対に、認められないのよっ!!)


 弟を想う姉の切迫した気持ちを置き去りに、入れ替わった序列三位【狂戦士サタン一ノ宮蛍子いちのみやほたるこを除く学園の序列上位と理事会の面々を加えた会議の熱は、激化の一途を辿っていく。


「今すぐにでも! あの男を学園から叩きだすべきだ!」


 悲鳴のごとく主張を続けるのは、序列四位【双剣鬼アスモデウス】乙葉麗奈。月都、あずさ、蛍子、ソフィア。皆から一様にうだつのごとく毛嫌いされている、乙葉月都の義理の姉にしていとこだ。


 元より月都を学園にまで逃してしまったのは、麗奈を含めた乙葉家の落ち度。保身のために吠える様子は無様の一言であった。


「でもよぉ、どうせ勝てるわけがねぇんだ」


 現に麗奈の隣の席に腰掛ける、幼女と見間違うまでに幼い外見をした三年の女子生徒。燃えるような赤髪を緩く一本に編み込んだ、序列五位【道化師メフィストフェレス周防小夜香すおうさやかは、げんなりとした顔で、頬杖をつきながら、それでいて冷静に事態を捉えていく。


「逃した時点であんたらの負け。経験不足とはいえ、固有魔法を三つも扱える乙葉に勝てねぇのは明白なんだろうから、乙葉は身の振り方を考えた方が……って、こっちも乙葉か。ややこしいな」


「馬鹿にするでないぞ!!」


「ただ吠えるだけじゃ何も始まらないって、あたしは親切で言ってやってるだけだぜ。むしろ感謝して欲しいくらいなんだが」


 ぶっきらぼうな物言いではあるが、学園会議で示す小夜香の立場はあくまで中立。


 月都の味方は未だ決して多くはないものの、彼の力を恐れる者は確実に増していた。母共々月都を目の敵にする麗奈が苛立ちを覚えるのは、無理からぬことであろう。


「乙葉月都は男だ。学園に入学することさえ許し難いというのに、ましてや序列三位の座に着くだなんて――!!」


 唇を噛み、わなわなと麗奈は肩を震わせる。


 これまで虐げて来た男に、自らの順位を追い抜かれてしまう――彼女のようなプライドの高い魔人にとっては余程許容出来かねる屈辱であったらしい。それでいて月都の力は強大。その力がいつ自分達に向けられるか分からない恐怖も、麗奈を焦燥に駆り立てる。


「結局、あたしら外野が何を言っても仕方ねぇんだ。賑やかししか能のない理事会の面々は元より、生徒会長かつ序列二位のグラーティアだって、この会議に限っては、絶対の権限を持つわけじゃねぇんだから」


 理事会は一線を退いた魔人五名で構成されている。だが、年長者である彼女らよりも現役の序列上位五名の方が、会議の発言権において優遇されるのは慣例となっていた。


 否――そもそも、序列二位以下と理事会がどれだけ話し合ったところで、学園会議にて最優先されて然るべき決定権の所有者は、


「なぁ、姫さんよぉ。あんたは男である乙葉月都が、序列三位になることには賛成か? それとも反対か?」


「うにゅ? お姉ちゃん達のお話は難し過ぎて、私には良く分からないんだよ」


 無垢な微笑みを浮かべ、車椅子に腰掛けた、顔色の悪い美少女。序列一位【人魚姫レヴィアタン】ローレライ・ウェルテクスただ一人。


 例えソフィア達が白と一致団結して主張しようとも、ローレライが黒と告げれば、この会議においての結論は黒でしかなくなる。


 そんな暴虐が許されるまでに、序列一位の座を務める人外の化物の実力は隔絶されていた。

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