第24話 対序列三位【狂戦士】戦 崇拝

 蛍子にとって月都の言葉は、裏の世界にうごめくどんな豚から発せられるモノよりも、貴ぶべき言葉であった。


 一つ一つが、胸に染み渡っていく。


 自傷癖によってボロボロになった心と身体を癒やしていくかのように。


(許されて、良いというのでしょうか……?)


 自分のせいで父は政治的に苦しい立場に追い込まれた。


 本家の長老達に追い込まれ、自らの目の前で身投げした。


 表の世界に逃亡したところで、そこで親切にしてくれた優しき人々さえ、蛍子の存在が人に害をなす使い魔を知らぬ間に引き寄せ、危険にさらす始末。


 どれだけ自死を目論んでも死ねない。毒を定期的に呑んだところで片目が失明したのみ。


 これだけの罪を背負った死にぞこないに、あろうことか唯一の人間である月都は、生きろ――と、端的に言ってくれているのだ。


 勿論、月都には月都の目的があって、蛍子を生かしたいという合理的な側面があるであろうことも彼女は気付いている。


 それでも、死ぬなと言っていることに変わりはなかったのだから。


 現に今も月都は蛍子の腕を力強く、それでいて確かな思いやりと共に掴んでくれていた。


(いいえ、もしかすると、許す許されないそれ以前の話なのかもしれませんね)


 月都の説得が胸を打ったと言えば聞こえがいいし、決してそれは間違いというわけではなかったものの、


(わたくし一人が自己満足で死ぬよりも、男が虐げられる、この歪んだ裏の世界を壊せば、より亡くなった父に報いることが出来る……?)


 彼の誘導はしっかりと蛍子の胸に楔を残していた。


「一つ、改めて、お伺いしたいのですが」


「どうした?」


「わたくしにも、この世界を壊すお手伝いとやらをさせて頂くことは出来ないでしょうか?」


 迷い、惑う最中。


 蛍子が吐き出したのは、月都の狙い通り、そのど真ん中でしかなかったのだ。







(これで何とかなったか?)


 本来であれば一つの固有魔法を所有するだけで天才と称される魔人であるが、月都は一人で三つの固有魔法を生まれながらに宿していた。


 一つ目は無色透明不可視、攻防一体の触手――【這い寄る触手】。


 二つ目は彼の魔力が許す限り、どんな事象でも改変してみせる言葉の暴力――【支配者の言の葉】。


 そして三つ目は【絶対服従】。魔法の所有者である乙葉月都に屈服した人間に概念としての首輪をかけ、肉体も精神も、何もかもを彼の思うがままに操ることを可能とする。


 本来であれば正面から打ち倒すことが、対象を最も容易に奴隷化する条件ではあるが、一ノ宮蛍子は殺さずに無力化するには強過ぎた。


 だからこそ、彼女の精神を先に屈服させる方向に舵を切ったのだが――、


「ふふふ。うふふふふふふふふ」


「え?」


 何だか、先程までは迷いや惑いに満ちた、憂いの表情をしていたはずの蛍子が、妖しくされど清々しいくらい晴れやかに笑い出したのだ。


 決して敵意は感じない。だが言い様の無い気迫に、掴んでいた腕を一旦離して、様子を見るべく間合いを取り直す。


「わたくしは何と愚か者であったのでしょう」


 目を白黒とさせる月都を意にも介さず、蛍子は粛々と自らの心内を語っていく。


「豚が死んだところで意味などない。分かっていたにも関わらず、縋るしかなかった死という願望。偉大なる月都様はそれを打ち砕いてくださったのみならず、復讐という新たな道を提示してくれた」


「……っ、あぁ。手伝ってくれよ。俺もこの世界を壊したいんだ。似た者同士、一緒に頑張ろう」


 やや引き気味に、それでも月都は勧誘の手を一貫して差し伸べる。


「月都様の崇高なる理念に見合う価値を、わたくしは未だ何一つたりとも提示出来ておりません。それどころか、お恥ずかしい自殺願望を身勝手に垂れ流し……愛想を尽かされても仕方のない蛮行」


 しかし何やら頑なに蛍子は首を横に振っていた。彼女は月都の手伝いをしたいのだと、誘導された結果、そう結論付けたにも関わらず。


 さらに彼女は今まで月都のことを乙葉君と、あくまで同級生らしく呼んでいたというのに、現在は月都様と、まるで主であるかのごとく多大なる尊敬の念をこめてその名を紡ぐのだ。まだ固有魔法によって奴隷化すらされていないというのに。


「ですので!」


 再度、虚空にしまい込まれていたはずの戦斧が、見た目だけであれば華奢な細腕にて握られる。


「全身全霊全力、渾身の一撃。卑しき豚の分際ではありますが、精一杯わたくしの全てを捧げます。どうか、どうか。見ていてくださいまし」


(えええええええええええええええええええええええええええええええ!?)


 月都には二つの誤算があった。


 確かに月都と蛍子は似た者同士ではあるが、月都は月都で蛍子は蛍子で、それぞれの環境の下、常人離れした特殊なメンタルを獲得していたこと。


 そしておそらく彼の計算を狂わせた最大の要因は――、


「お慕い申し上げております。月都様のお声お姿存在そのものが。この心に深々と消えぬあざのように刻みつけられてしまいました。 あぁ! あぁ! 月都様。愛しの愛しの月都様。あなた様は何と罪な御方……!」


 月都の想定以上に、蛍子は彼に異性としての好意を超えた崇拝を向けてしまっていたのだ。


「それでは! 参ります!」


 過去の悲劇を断ち切って、躍動する蛍子は先程以上の脅威だ。


(腹を括るしか……ないよな!)


 よって月都も迅速に覚悟を決めた。


 不殺の呪いという保険があるとはいえ、強敵相手にどこまで手加減が続けられるかは分からないが、月都とて蛍子と友達になることも、序列三位という立場を踏み台に学園の序列一位まで駆け上がることも、ある方法によって裏の世界をぶっ壊すことも、何一つ譲る気はないのだから。


 俄然やる気になった相手に怖気づいたままではいられない。


「じゃ、やるか。正面衝突」


 戦斧を構える蛍子と相対する、月都。


 自らの魔導兵器である弓を取り出し、迫り来る狂戦士に照準を合わせた。

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