第22話 対序列三位【狂戦士】戦 勝ち筋

 固有魔法【支配者の言の葉】。月都が放った言葉の通りに世界の事象が書き換えられるという、まさしくチートと呼ぶに相応しい性能。


 ――が。


「飄々としておられるかと思いきや、存外に情熱的な側面もおありですのね」


 【支配者の言の葉】によって発生した業火にあぶられたことで、肌のところどころが焼け爛れてはいるが、それも瞬きの間に再生がなされていた。しかしそのように月都が認識した直後、前方の蛍子の姿が一瞬にしてかき消えた。


 咄嗟に振り返る。そこには斧を旋回させる蛍子が。


 先程まで燃やされていたはずの彼女は、月都の知覚し得る限界を超えたスピードで、背後に回っていたのだ。


 こればかりは間に合わない。月都の左腕が血しぶきと共に弾け飛ぶ。


 だが、戦斧によって切り落とされた部位と、付随する痛みを意識の外に追いやって、再度月都は世界に対して命令を降す。



 旋回からのさらなる攻撃に移ろうとしていた蛍子の身体を何らかの圧力が押し潰す。


「……っ。これはこれは」


 だが、耐えた。


 戦斧を支えに、無様に地に這いつくばることを何とか阻止してみせた。


(出力が思った以上に出ない)


 再生したばかりの左腕の感触を、手を閉じたり開いたりすることで確かめつつ、内心、月都は焦燥を覚えていた。


 本来彼の固有魔法の威力はこんなものではないのだが、ソフィアの手によって不殺の呪いをかけられているがゆえに弱体化は避けられず、どうしたところで決め手にはかけてしまうのだ。


(そもそも、俺と一ノ宮の相性は最悪だ)


 圧に耐え切った蛍子が戦斧を振り上げて肉薄。


 バックステップと共に「吹き飛べ」と、一言。荒れ狂う風が追撃を阻む。


(遠距離戦闘を得意とする俺が、肉弾戦のみであれば学園最強の一ノ宮を相手にして、しかも弱体化されている最中、優位に立ち回れるはずもない。分かっていたつもりではあるが、まさかここまでとは……しくったな)


 魔人としての才能及び地力は蛍子など及びもつかず、月都が格段に上ではあるが、決闘の性質上、力を制限される彼の側には決定打に欠ける。


 蛍子にも同じことは言えるはずだが、彼女の持ち味はひたすら相手の攻撃を受け続け、受けた攻撃を力に変換する泥臭い戦法だ。


 二つ目の固有魔法を解放しても、戦場はやはり蛍子の土俵であった。


(仕方ない。こういうのは、あんまり趣味じゃないけれど、俺が負けたら二度と一ノ宮と友達になれないから)


「なぁ、一ノ宮」



 超至近距離での戦闘。ほんの少しでも触手の可動域を見誤れば、途端に戦斧の餌食になってしまうような接戦で、月都は内心の焦燥を巧みに隠蔽しつつ、蛍子へと呼びかける。


「はい、乙葉君。何でございましょうか」


 決闘中の会話を苦にもせず、にこやかに受け答えをするものの、戦斧から繰り出される激しき斬撃は微塵も揺らがない。


「痛くないのか?」


「ご心配なさらずともよろしいのですよ。所詮この身は豚でしかありません」


 相当言葉を省いた質問ではあったが、問題なく質問の意図を汲み取ったようだ。


 月都の視線は彼女の身体に向けられていた。再生しても再生しても傷つき続ける柔肌は、率先して攻撃を受けるがゆえに、どんどんと痛ましい領域が広がっていく。


 ゆえに彼が何を差して物を言っているのかは、明確であったに違いない。


「これしきの痛みなど、あの時のものと比べてしまえば。痛みと呼ぶことすら、わたくしには許されやしないのです」


 触手で迫る戦斧を防ぎ、その隙に矢を放つ。


 右脚に魔力で編まれた矢が突き刺さるも、やはり蛍子は止まることなく、前に進む。そうして一秒前よりも増した力で戦斧を振るった。


「なるほど。親父さんが目の前で死んでしまった時の痛みが、一番辛いものであると、おまえは認識しているんだな」


 だが、月都も触手の数を増やし、圧倒的な戦斧の暴力に真っ向から対抗する。


「常人であれば気が狂うような痛みや苦しみさえ、あの時よりはマシであると断ずる。麻痺してるのか、罰を欲してるのか。あるいはその両方なのか。何にせよ、歪んでいる」


 それでも蛍子を押し切るには到底足りなかった。


「えぇと。乙葉君はいったい何をおっしゃられているのでしょうか? 人間様の崇高なる思考の詳細は、豚には分かりかねてしまいますの」


「おうとも。だったら直接言わせてもらうさ」


 そう言って迎撃の手を止めぬまま、これまた意地悪く笑ってのけた。


「そんな自暴自棄になってたら、天国の親父さんは悲しむぜ」


 月都が見据えた狂戦士を安心安全に突破する勝ち筋。


 すなわち精神攻撃が始まる。

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