第21話 対序列三位【狂戦士】戦 開幕
そうして月都と蛍子は対峙する。
場所は以前と同じようにソフィアが手配した校内のコロシアム。観客席がステージ上の彼らをグルリと取り囲む。
だが、以前のような侮蔑に満ちた視線は、今となってはほとんどが鳴りを潜め、現在月都に向けられているのは明確な畏怖と、もしかすると序列三位すら討ち取るかもしれないという漠然とした予想だ。
「一ノ宮は緊張しないのか?」
「緊張、とおっしゃいますと?」
「これだけ大勢に囲まれて平気なのかって話。俺は結構気にするタチなんだが。周りが女だらけなんて……寒気がする」
第一段階である魔導兵器のみならず、第二段階である魔導兵装に身を包んでいることからも分かる通り、既に双方臨戦態勢に移行している。
「わたくしは特に気になりませんね。よく見えもしませんし、同じ豚を好んで見たいとも思えないのですよ」
とはいえ交わす言葉自体は気安い類のもの。
最も彼らは憎しみ合った末に決闘をするのではなく、あくまで友好を軸とした取引のために魔人として武を競うことを決めただけなのだから。空気が和やかであるのは何も不思議なことではない。
「決闘のルールは覚えているな?」
「勿論ですとも。決闘自体は殺しは無し。不殺の呪いは生徒会長殿がきっちり維持してくださるはず……そうですよね?」
「疑問すら不敬と切り捨てたいところではあるけれど、ここは鷹揚に答えてあげましょうとも。当然、抜かりはないわ」
「あらあら、まぁまぁ」
「極東魔導女学園生徒会長ソフィア・グラーティアの名にかけて、不手際は断じてないと誓ってあげる」
またしても審判役は、月都のことが心配で心配でたまらないものの、決して表には出そうとしないソフィアが買って出ていた。しかし以前とは異なり対戦者達に不殺の呪いをかけたのは、
「一ノ宮が俺に勝利すれば、後日改めて俺は一ノ宮を殺そう」
ひとえに一ノ宮蛍子が乙葉月都に殺害される未来を夢想する自殺志願者であるがゆえのこと。この一点に尽きる。
「ただし俺が一ノ宮に勝利すれば、おまえは生きたまま、俺の友達になってもらう。絶対に死なせやしないぞ」
「かつて乙葉君の邪魔をした有象無象……失礼、女子生徒達。彼女らと同じようにされてしまうのかと思うと、それはそれでゾクゾクしますね」
自らの身体を掻き抱いて、頬を赤く染め上げる。吐き出す息は熱っぽくも甘やかだ。
その際、ソフィアが露骨にげんなりとした顔になったのみならず、変態を見るような目をしたのだが、ひとまずは対戦者である蛍子に意識を集中することにした。
「直接の恨みはなかったにしても、あいつらはどうでもよかったからな。とはいえ、おまえを同じようにはしないさ」
「と、おっしゃいますと?」
「何度も言ってるように、俺はおまえと友達になりたいんだ」
当初より一貫されている月都の姿勢に、小首を傾げて穏やかに蛍子は微笑んだ。
「わたくしは既に乙葉君のことを友人であると恥知らずにも認識しておりましたし、あなたのお気持ちは、とても、とても嬉しいものです――が」
しかし相変わらずの濁った瞳は、不穏さという彩りを加える。
「やはりわたくしは、お慕いするあなたの手にかかって、死にたいのですよ」
そう言って斧を構える。合わせていつでも矢を放てるよう、月都は弓を引き絞った。
「極東魔導女学園序列三位【
高らかに、それでいて淑やかに。
名乗りを上げた大和撫子は、獰猛な気配を漂わせながら、斧を振り上げた。
蛍子の身の丈をゆうに超える戦斧。校内でも屈指のパワーファイターである彼女の渾身の膂力をもって、それは振り下ろされた。
そのまま立ち止まっていてはいい的にしかならない。
月都は余裕をもって後方に退避するも、床をつたって衝撃は、彼の脚をビリビリと震わせる。
(
なまじ得物が巨大であるために回避のタイミングは掴みやすいものの、それでも速度が遅いわけでは決してなかった。
長い髪と巫女装束を振り乱し、蛍子は追撃に追撃を重ねていく。
月都の固有魔法【這い寄る触手】――無色透明不可視のソレらを防御に回すも、驚異的な威力を完全に殺し切れるわけではない。
それでも焦ることなく距離をとることを心がけながら、月都は矢を放っていくも、
「マジかよ」
魔力によって精製された矢は、全てが蛍子の肉体に突き刺さっていた。
けれど、矢を引き抜く手間さえとらず、蛍子は戦斧を振り回すのをやめない。
恐ろしいことに、負傷したところで彼女の動きのキレは一切衰えることはなく、むしろ激しさを増していくばかり。
「厄介な固有魔法だな!! っと」
カウンターとして矢を放つも、今の威力では話にならない。蛍子を強化させるだけの結果に終わってしまう。
「時間、稼いでくれ」
月都の命令に従い、無色透明の触手達は蛍子の元に殺到する。肢体に絡み付かせ、拘束に成功。
触手は防御のみならず攻撃にも用いることが出来る優れものだ。
だがしかし蛍子に対して生半可な攻撃を仕掛けようものならば、たちまち力に変換され、むしろ月都が不利に追い込まれてしまう。
だからこそ動きを封じ込めるだけに留めた。
「あら、あら、あら、あら」
それでも長くその状態を維持することも難しいというのが月都の判断だ。
現に蛍子は骨と肉をきしませながら、強引に触手の縛めを振り解こうとしていたのだから。
(意識を集中させろ。それでいて気負うことはないように)
今すぐにでも解き放たれるかもしれない恐るべき狂戦士を敢えて視界から外して、月都は神経を研ぎ澄ませていた。
月都には実戦経験がほとんどない。
その穴を埋めるように、戦闘慣れしているあずさから学園への入学前に集中的な訓練を受けていたが、しかし才能溢れる彼にはある弱点があったのだ。
『ご主人様が不用意に全力を振るえば、世界が壊れる前に、おそらくお身体が持ちません』
世間一般では極東魔導女学園序列一位ローレライ・ウェルテクスが魔人の中で最も魔神に近しいとされているが、乙葉家に関わりのある者は、本来は魔人になれないはずの少年もまた、彼女と同等かそれ以上に魔神の領域、いわゆる最終段階にまで足を踏み入れていることを知っていた。
さらに驚愕すべきは、ローレライ・ウェルテクスは素体の優秀さは当然あるにしても、生前から今に至るまで、一族総出で肉体にも精神にも様々な調整を加えているのに対して、月都は何も細工を施すことなく自然と人間をやめてしまっているのだ。
精神面において人間性を大いに残しながら、だ。
研磨された宝石をローレライに例えるのであれば、月都は徹頭徹尾天然物。
しかしそれゆえに優れ過ぎた才能は、彼の身体を蝕む可能性も秘めていた。
『無理に力を引き出せば暴走してしまう。ゆえにご主人様は気負うべきではありません。人が手と足を当たり前のように使うかのごとく、自らの魔を扱うべきなのです』
「あぁ、そうだな」
今ここにはいない心強くも頼もしいメイドの姿を思い浮かべ、決闘の最中であろうとも、思わず笑みがこぼれるのを抑え切れなかった。
あずさはきっと、現在も主である月都のために奔走してくれているのだと思うと、それだけで心の支えになるのだ。
「やろうか」
蛍子が触手を振り払うや否や、再度斧を構え直し突撃してくるのと、【這い寄る触手】に続く二つ目の固有魔法を月都が発現させたのは、全くの同じタイミングであった。
「燃え盛れ」
強制力を持った言の葉は世界の事象を書き換える。
並の魔人であれば第一段階の魔導兵器まで。学園の序列上位に君臨し、天才と称される魔人であっても、第二段階の魔導兵装と固有魔法を一つ操れるだけで充分。
だが、魔神の領域――最終段階へと踏み入る者は、固有魔法が一人に一つきりであるという常識さえ軽々と打ち砕くのだ。
何故なら彼も、そして現在学園の頂点に君臨する彼女も、人間であるようでいて、実のところ人間ではないからである。
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