第15話 狂戦士
改めて月都は人型の使い魔の外見をまじまじと目にする。
元は人間であったはずだが、最早マトモな人の形は保っていない。
四つ目と大きな口が特徴の人型は、月都を明確な敵であると同時に脅威でもあると認識したらしく、彼の様子を伺ったままの姿勢を維持し、迂闊に動くことはなかった。
「お待たせ致しました」
そこで遅れて蛍子が彼の隣に並び立つ。
魔導兵器である戦斧を構え、露出の多い巫女装束の形をとった魔導兵装を纏う彼女は、相変わらずのにこやかな笑みを月都に向けた。
「及ばずながらお手伝いをさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「助かる」
これは月都の本心の一部ではあった。
人型の使い魔はそれなりに強敵であり、魔導兵装を纏う第二形態であっても手こずることは確定。
だからと言って最終形態にまで足を突っ込むのであれば、敵のみならず自分や周囲への被害も考慮しなければならなかったのだ。
近接戦闘に特化したアタッカーの参戦は、やはり彼の望むべきところであった。
「参ります」
先程までは月都の出方を待ち、迂闊に動こうとはしなかった人型が、ついに自らアクションを起こす。
二対一、さらにはどちらも魔導兵装持ちという現状を、これ以上ない危機であるのだと察したらしい。
二本の手から生やされた鋭い爪が、蛍子の脇腹を狙いすます。
だが、彼女は回避をしたのみならず、戦斧を人型に向けて振り抜いてもいた。
蛍子の身の丈を超える程の巨大さを誇る戦斧は、使い魔の肉を僅かに抉るも、決定打には程遠い。彼女の攻撃は魔人の中でも屈指のパワーを誇っているというのに、だ。
「やはり弱点は瞳のようですね。他は硬いように思われます」
至近距離で攻防を続けながら、蛍子は冷静な態度で所感を口にした。
後方から援護射撃として矢を放ち、無色透明の触手を操る月都もまた頷く。しかし先程四つ目の内の一つに対して、手痛い一撃を食らったがゆえか、人型は他を疎かにしてでも弱点の防御を怠っていなかったのだ。
蛍子が瞳への攻撃に移ろうとする度に、巨大な口で彼女の頭蓋を噛み砕こうと試みる。結果、彼女はどうしたところで後退せざるを得なかった。
「囮を頼めるか」
月都の射撃は精密である。けれども、今の弱点を頑なに死守する人型に対しては有効打にはなり得ない。
よって前衛である蛍子に敢えて自由に動いてもらうことで注意を彼女の側に引きつける提案をなした。
無論、そんなことをすれば蛍子自身の危険性は増すばかりなのだが――、
「喜んでお受けしましょう」
実のところ捨て身の特攻こそが蛍子の持ち味であったのだ。
人型が爪を振るう。回避するだけの余裕があるにも関わらず、わざと蛍子はその凶刃に身を晒した。
本来であれば強固な防御力を誇るはずの魔導兵装が切り裂かれ、内側の肉にまで攻撃は到達する。
鮮血と肉が生々しく飛び散り、蛍子の脇腹はごっそりと抉られた。
「実に心地の良い痛みですこと」
にも関わらず、たおやかに笑ってのける。痛みなど感じさせず、むしろこれこそが喜びであるのだと断ずるかのように。
先程よりもさらに増したパワーでもって戦斧を振り抜いた。
弱点以外の部位の強度は非常に高い人型ではあるものの、この一撃にはどうやら耐えきれなかったらしい。
攻撃が通る。受けた衝撃で大きく後ろによろめいた。その隙を狙った月都の射撃。
矢は二つ目の瞳を貫いた。
耳障りな悲鳴と共に、毒液が噴出される。しかし蛍子は自らそれを全身に浴びた。
彼女の柔肌は毒でただれる。付随する激痛は灼熱のごとし。
「うふふふふ。ふふふふふっ」
不気味な笑い声。
思わず人型は身を震わせた。魔神に魅入られたことで失ったはずの恐怖が、蛍子という魔人を前に蘇ったのだ。
毒で滅茶苦茶になったはずの肌は、すぐ様いつものまっさらなものへと再生される。
その上で蛍子の振るう膂力は目に見えて底上げされていた。
(極東魔導女学園序列三位【
戦闘開始時よりも格段に底上げされた身体能力を存分に活かし、蛍子は元序列一位であったはずの人型を圧倒し初めていた。
四つ目の内の三つ目を、激しく動き回る対象物へ向けて正確に射抜きながらも、月都は本来の目的である蛍子に対しての理解の深化を推し進めていた。
(自らへの攻撃――苦痛を力に変換する固有魔法【被虐願望】。俺との相性は最悪だろうぜ)
全身血塗れになりながらも、それこそが本望とでも言わんばかりに、ついには両手に二本、戦斧を握り締めて。
二つの得物をクロスさせ、人型は十字の形に切り裂かれる。
無論、このまま放置しておけば容易く再生するものの、
「させないんだよな」
最後の瞳は射抜かれた。
尚も抵抗するも、身体能力が底上げされた蛍子の猛攻を前に、人型は当初の勢いをとっくに喪失してしまっていた。
「終わり、でございますね?」
崩れゆく肉体にトドメを刺すべく、微笑を振りまきながらも戦斧を旋回。
完全に、完膚なきまでに肉体を破壊された人型は、ついに元の形を取り戻すことはなかった。
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