第9話 使い魔程度であれば雑魚

 最後にとった手段こそ異端とはいえ、衆人環境の下で正々堂々、難癖をつけて来た女子生徒達を月都は撃破したのだ。その姿は多くの生徒が目にしていた。


 にも関わらず――、


「ねぇ、あなた。自分がここにいてはならない存在だということを、まだ分かっていないのかしら」


 あまりにも月都を蔑む女達の母数は大き過ぎる。現に今も月都は授業前の休み時間、同学年の名も知らぬ女子生徒に絡まれていた。


「ご主人様に何たる口を聞く!!」


 当初のあずさは、なるべく事を荒立てないよう努めている主を立てて我慢を続けていたが、ついに堪忍袋の尾が切れたらしい。しかしそれも仕方のないこと。月都が侮蔑と悪意をもって女子生徒に絡まれるのは、転校から七日ばかりしか経過していないにも関わらず、通算五十回を記録。


 愛らしいはずの顔立ちを憎悪に歪め、兎耳を逆立て、女子生徒の胸ぐらを乱暴に掴む。だが、あずさの暴力的な対応に屈することなく、女子生徒は涼しい顔で怒り狂うメイドを見下ろした。


「白兎さん。あなたこそ、どうして男なんかに従うの? ただの男であればまだしも、魔人の資格を持った忌まわしき汚物なんかに」


 女子生徒が言い放ったのは純粋な疑問。それゆえにあずさにとっては最悪であったようだ。血管がブチ切れる音がやや離れた位置に立つ月都にも聞こえた。


「汚物は貴様だ」


 理性を失ったあずさは、後先考えることなく目の前のゴミを、胸ぐらを掴んだまま渾身の力で殴り飛ばそうと試みて、



 されど首輪を握る主の命令を受け、激情に囚われていたはずのあずさの肉体は、途端に縛められる。殴り飛ばすどころか、常人離れした腕力によって掴んでいた女子生徒の襟を、知らぬ間に離すことになっていた。


 そこでようやく冷静さを取り戻す。主の不興を買ってしまったのではないかと恐れ、怯えながらも後ろを振り返る。


「――わふ」


 けれど、月都はいつもの優しい手付きで、頭から生えた兎耳をもふもふするのみ。


「あずさ。おまえも知っているだろう? 魔人は人類全体の敵に対処するための抗体のようなものであり、別個の存在でありながら、どれもが等しく同一に近いということを」


 絡んで来た女子生徒には意図して目を向けず、さも怒気を露わにしたあずさをなだめるためだけであるかのように、言葉を発していく。


「魔人の中でもより強力な個体、例えば序列一位や序列二位といった天才の部類は、魔人同士の同調圧力に呑まれないだけの圧倒的な個を持ち得るが、そうではない、個を持ち得ることが難しい有象無象は、皆同じ意見を同じように掲げるしかないのさ」


「――言わせておけばっ!!」


 鷹揚なようでいて、実際は眼前の女子生徒に対する嘲りが多分に含まれた言い様に、今度は彼女の血管が破裂寸前になるところであった。


 ――が、


「おっと、予鈴だ」


 裏の世界であるとはいえ、現代日本には似つかわしくない城塞のごとし学園の校舎。その最も高い場所に設置されているベルが、授業の開始を厳かに告げる。


「学生は授業こそが本分って伝え聞くからな。長話している暇はないはずだぜ」


 これ以上の口論は分が悪いと、女子生徒は遅ればせながらに把握した。


「……覚えておきなさい。必ずや、あなたという異物を、私達は魔人の誇りにかけて排除してみせましょう」


 悔しげに目尻を吊り上げて、捨て台詞を置土産に、女子生徒はこちらの様子を覗っている仲間の元へと戻っていく。


 いくつもの歓迎的ではない視線がオブラートに包まれることなく突き刺さるが、今更そんなものを気にする月都ではなかった。


 その程度の痛みなど、慣れきっていた。







 極東魔導女学園は学び舎の様相をとってはいるが、本質としては使い魔や魔神との戦闘に耐え得る魔人を育成することにある。


 序列一桁の猛者達は目を覚ました魔神との世界を賭けた戦いに重点を置くが、それ以外の一般的な魔人は、表の世界で密やかに猛威を振るう使い魔を屠ることこそが第一の使命とされているのだ。


「それじゃ、背中は預けるぞ」


 弓型の魔導兵器を手に、月都は背後のあずさに声をかける。


「お任せを。相手が何であろうと、ご主人様には指一本触れさせやしません」


 確固たる決意を胸にあずさ固有の魔導兵器である鎖が腕に絡みついた。制服を着用することなく、常にメイド服で月都に付き従っているものの、彼女も当然魔人の内の一人である。


 どこからかブザーが鳴らされた。今、主従が戦闘態勢と共に背中合わせで立つのは、学園が保有する森林地帯の一角。


 堅牢な檻に囲われたその場所は、使い魔を捕獲した上で放し飼いにしているとびっきりの危険地帯。魔人でなければ足を踏み入れたが最後、命の保証は出来かねる。


 本日の二年生の授業は限りなく実戦に近い形式の戦闘訓練であった。一応はこちらも魔人である複数名の教師の監督下の元で行われ、万が一の際は助けに入るという名目ではあるのだが、


「たとえ死にかけたところで、俺のところに助けなんて永遠に来ないだろうなぁ」


 教師も同じく魔人であれば、男を蔑む価値観は生徒達とほとんど変わらないと言っても良い。


 ここでもしも使い魔に月都が破れることになれば、合法的に亡き者になるのも同然。そんな結末に至ってさえくれるのなら、どれ程素晴らしいことであろうかと考える思考それ自体が、魔人にとっての普遍的な価値観であるのだから。


「ゴミ共めらが」


 冷ややかなあずさの声音。突き刺すような敵意は、遠く離れた見張り台にて座す教師陣へと一直線に向けられている。


「別に構いやしねぇよ。これくらいなら雑魚だ」


 月都の言葉を合図に、森で放し飼いにされている使い魔が一斉に彼らを取り囲む。


 蛇や狼、蜘蛛といった既存の動物に似せていながら、どこかが異なる歪な存在が、肉体を構成する魔力を蠢かせ、獲物を前に忍び寄るも、殺気を隠し切れてはいない。


 たとえ魔人の手によって囚われの身になろうとも、ソレらは決して忘却することはなかった。人間という存在への尽きることのない殺害の意志を。


 絶対的な強者たる魔神に、眠りを妨げる人間達を殺すよう刷り込みをなされた使い魔。たとえ相手が魔神に対抗するために生み出された魔人であろうが、容赦なく蹂躙するのみであるのだと、血走った瞳が彼らの行動原理全てを物語っている。


「蹂躙されるのはそっちだよ。あずさ」


「かしこまりました」


 最低限の言葉で、それでも月都の意図をあずさは一切違えることなく察する。


 彼女は腕に絡みついた鎖を際限なく伸ばし、自分達を円になって囲む使い魔を一体残らず拘束してのけた。一秒にも満たない内の変化。使い魔は一歩たりとも前に進んでさえいなかった。


「全員、串刺しだな」


 あずさが命令通りに仕事を終えたことを確認。月都は満を持して弓を真上に向けて引き絞った。


 一瞬、何も起こることはなく、ただ静けさだけが森の中を支配するも、数秒後に呆気なく地獄は訪れた。


 空には見る見る内に波紋が広がり、快晴であったはずの青は禍々しい黒に塗り潰され、染まった。そこから這い出る矢の大群は、最早数え切れず無限と呼んでも過言ではなかろう。


 無限の矢はあずさの鎖に縛められた使い魔達を狙いすましている。


「あばよ、化け物共」


 阿鼻叫喚はすぐそこに。


 おびただしい量の血と肉が、粘着な音と共に空高く舞い上がる。使い魔のことごとくが上空から飛来した矢に貫かれ、断末魔のコンサートが奏でられた。


 長いようでいて短くもあった掃射が終わった頃には、主従以外に生きている者など檻の中にありはしない。


 後に残るのは血肉を絞り出し切った屍。惨憺たる有り様で大量の亡骸は地に転がっていた。


 猟奇的な光景を目の前に、月都とあずさは軽やかにハイタッチを交わしていた。互いの健闘を称える、麗しき主従愛なのだ。

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