第6話 決闘終了

 殺しは無しのルール。敵対者の意識を喪失させれば勝利とされる決闘の最中、月都は誰よりも早く動いていた。


 確かに女子生徒達の想定通り、月都本来の強さはであり、断じて近接戦闘にはあらず。


 だが、彼には良き先生役がいた。月都に近接戦闘を教え込んだ彼女と比較すれば見劣りするとはいえ、ある程度の鍛錬を積めば、多大なる魔力量と合わせて技術を一級品にまで高めることは可能。


 開始数秒の不意打ちをもって、刀を構える女子生徒の側頭部に回し蹴りを叩き込み、華奢な身体を吹き飛ばすと同時、彼女を見事に昏倒させてのけた月都。その勢いを殺すことなく、短剣持ちの女子生徒の間合いに彼は素早く入り込んでいた。


 速攻を仕掛けようと考えていた裏をつく形で、それを遥かに上回る速度での蹂躙。未だ事態の把握をなし得ていない彼女も、腹部へ叩き込まれた掌底をモロに受け、その場に力なく崩れ落ちていった。


 残るは一人。二丁拳銃を武器とする女子生徒は月都から慌てて距離をとった。


 彼も彼で間合いを取り直し、一旦しまい込んでいた魔導兵器をこの場に再び顕現させる。


 僅かな空白の間。先に動いたのは、女子生徒の側。数の利を失い焦燥を抱く彼女は、闇雲にも等しい挙動で二つの拳銃から魔弾を乱射する。


 しかし月都は何も棒立ちに突っ立ったままではない。ジグザグに動くことで弾幕の嵐を危なげなくかいくぐる。


 ここでようやく、月都は自らの魔導兵器を用いた。回避の足を止めることなく、されど狙いは正確無比。弓を引き絞り、矢は一直線に放たれた。


 女子生徒は魔人としての定石通り、魔力によって形作った障壁を展開する。その上で攻撃の手は止めず、二丁拳銃からは魔弾が絶えずバラ撒かれる。


 けれども、遠距離特化の武器の使い手同士が対峙した際のセオリー――遠くより迫りくる攻撃を障壁でしのぎながら、自らの攻撃を相手に押し通す――さえ通用しないまでに、月都という存在は魔人として規格外であった。男であるか、女であるか。そのような問題すら些末な程に。


 これこそが女子生徒達にとっての、本日二番目にして最大の不運に違いなかろう。


「それ、通るぞ」


 最早勝負は終わったと言わんばかりに、弓を引き絞った直後、戦闘態勢を彼は解いた。


 全くの同時に、強固な障壁は月都の放った矢に貫かれるや最後、紙屑のごとくひしゃげていくのだ。


 矢は女子生徒の肉体に届く前に先んじて爆散。魔人の平均を大幅に上回る魔力量を元手とした爆発は、彼女の意識を刈り取るには充分に過ぎた。








(――さて)


 月都は考える。たった今自分は決闘において女子生徒達を制し、生徒会長のソフィアは彼の勝利を高らかに宣言した。


 ハッキリと口にこそしたわけではないが、月都は女子生徒達に勝利した際、彼女らから譲り受けるものは既に決めていた。進む足取りに迷いはない。


(多くの人が見ているが、むしろそれでいいだろう)


 黒髪黒眼の美人。月都の容貌を端的に言い表せばそうなる。


 だがしかし、ならば何故――黒であるはずの彼の瞳は、現在赤く染まっているのだろうか?


「あんたら個人に特別な恨みがあるってわけではない」


 至って朗らかに月都は相手に向かって語りかける。負傷したとはいえ、彼女らは頑丈な魔人。命に関わるような重症ではないがゆえに、すぐ様目を覚ましたらしい。


 その上で女子生徒達は正しく現状を恐れる。隠していた牙をあらわにした月都――自分達を見下ろす絶対王者を前にして。


「それでもさ。初対面で散々悪意をぶつけられておいて友達になりたいとは、対等になっても到底思わないわけであってだな」


 思わず吸い込まれてしまいそうになる赤の瞳。己の意思とは裏腹に、目を覚ましたばかりの彼女らは、ルビーのごときソレに惹き込まれたが最後、魅入られてしまう。


「俺もあんたらには干渉しない。だから、頼む。これからずっと、ほっといてくれないか?」


「はい、分かりました」


「私達は二度とあなた様に干渉しません」


「何ら興味を抱くことなく、普通に生活していくことをここに誓います」


 ここに命令はなされた。つい先程までは異物である月都を強く敵視する姿勢を有した彼女らから、ある意味で彼に対して抱いていたはずの執着が無と化した。


 自然には起こり得ない不可解極まる感情の急な変化。


 女子生徒達に勝利した月都。彼が一から十まで望む通りに、女子生徒達の思考は都合良く書き換えられた。


 勝利の暁に彼が欲したのは、屈服させた他人を自分の思うがままに支配するという、他者の尊厳を踏みにじる権利そのものであったのだ。








「乙葉月都。やはり彼は――わたくし達豚とは違う。正真正銘の、人間」


 独り言の傍ら、濁った瞳で嗤う蛍子。そんな彼女の隣の席に腰掛けている兎耳のメイドは、まるで対照的に複雑な面持ちを見せていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る