第5話 決闘開始

 学園には決闘するにあたっての場が多数設けられている。


 ソフィアが生徒会長権限をもって手配したのは、その中でも一際大きなコロシアム。観戦席には騒ぎを聞きつけた生徒達が多数集っていた。既に入場を終えている当事者及び対戦者への注目度は高い。


 最も好奇を通り越した不躾な眼差しが一挙に注がれているのは、この場において何よりものアウェーである月都の側であったのだが。


「頑張ってください……、ご主人様……!」


 だが、観戦席の前列に陣取るあずさは違う。メイドとしては勿論、一人の人間としても彼女は心から月都の勝利を願っていた。


 彼の実力をもってすれば、敗北する方が難しいと理解しているにはしても、これはあくまで気持ちの問題なのだ。


「お隣、失礼しますね」


「あ、はい。どうぞです」


 祈るように腕を組み合わせ、真剣な面持ちで月都を見つめていたあずさに、隣から声がかけられる。


 声のした側を向くと、背の高いポニーテールの女子生徒が、穏やかに微笑んでいた。


「乙葉君の応援ですか?」


「あずさはご主人様のメイドですから。当然なのです」


「あらあら、まぁまぁ」


 ここであずさは気が付いた。主人が朝、階段で自分が彼の元に駆けつけるまでに、何やら話し込んでいた女子生徒は、今目の前に立つ彼女――一ノ宮蛍子であったのだと。


 否、そもそも自分のみならず主でさえ、有名人である蛍子のことを学園に逃亡するにあたっての事前情報として知ってはいたのだが。とはいえ実物としての邂逅はこれが初めてであった。


「一ノ宮さんも、ひょっとしてご主人様の応援に来てくださったので?」


 蛍子の態度は、魔人の世界に浸かった女性にしてみれば考えられないまでに、月都に対して友好的であるように感じられた。


「そうですとも。えぇ……ですが、わたくしごときが応援など、不遜も甚だしいのかもしれませんね」


「そんなことはないですよ。ご主人様もきっとお喜びになるかと」


 月都を良く思ってくれること自体は素直に嬉しい。だからこそ先の女子生徒達よりも穏便な態度で接するのだ。


 ――が。


「しかし、応援の気持ちも当然ありますが、それだけではないのですよ」


「……っ」


 不穏な響きに、少しだけ緩んでいた気を引き締める。


 それでもあずさから見る彼女の横顔に、月都への敵意は微塵も見受けられなかった。


「彼はわたくし達と同じ豚なのでしょうか? それとも今まで一度もお会いしたことのない人間なのでしょうか? とても、とても、気になりますの。見定めることそれ自体が、豚の分際で許され難いとは思いますが、性分である以上、そう簡単にやめられやしないのです」


 前列に座っているとはいえ、視力の悪い蛍子から月都の姿は見えにくいのかもしれない。長い前髪に隠されていない右眼を細め、月都の佇む一点をじっと凝視し続けていた。







「双方、準備はいいかしら」


 生徒会長ソフィア・グラーティア。暴君と呼ばれ畏怖される序列二位の魔人は、対戦者達の丁度中央の位置に審判として佇む。


「難しい前置きなしよ。魔人たる者、己の前にある障害の全てを、武をもってして蹴散らせ」


 長々と説明をすることもなく、端的かつ明快な決闘の前口上を、凍てつく声音で言い切った。


 後は当事者達の流れに任せるのみと、ソフィアは口を閉ざす。


 彼女も彼女であずさと同じく月都の実力をある程度は把握していた。ゆえに注力したのは如何に月都に難癖をつけて来た女子生徒三人に裏工作や不正を働かせないか、これに尽きる。


 ここまで大舞台に仕立て上げたからこそ、表でも裏でも容易に付け入る隙を与えやしない。もしも妙な真似をする輩が出ようものなら、全力で抹殺する心意気のソフィアであった。


「私達が勝利の際に望むものはただ一つ。乙葉月都、あなたの退学よ」


 月都と相対するのは生徒会長室で揉めた三人の女子生徒達。皆一様に魔導兵器を手に、当初より変わることのない彼への敵意と侮蔑をむき出しにしていた。


 三対一の構図。さらには彼女らの魔導兵器は短剣、日本刀、二丁拳銃と前衛寄りの構成であった。


 対する月都の魔導兵器は弓。しかも彼には同じ舞台で戦う味方は他にいない。女子生徒達が侮り、勝利を確信するのも無理からぬことであろう。


「俺は……そうだな。学園に残るってのが大前提ではあるけれど」


 むむむ、と。一見すると不利な状況下においても、飄々とした態度を保ったまま、彼は顎に手を置いて考えた後、


「ま、勝てばいいよ。勝てばそれで全てが済まされる」


 己の勝利を疑わず、己の敗北を勘定にいれない。あからさまなまでの傲慢さに、女子生徒の間を苛立ちが駆け巡るのだ。


「男の分際で生意気な」


「下等生物に不必要な自信は、ここで折ってしまいましょう」


 女子生徒達が武器を構え、月都もそれに応ずるように、体内に流れる魔力を戦闘用に高めていく。


「いざ、尋常に――始め!!」


 ソフィアの声を合図に女子生徒達は速攻で陣形を形作った。


 短剣と刀を有する二人が前に、後ろの二丁拳銃を持つ女子生徒一人を守る形だ。


 彼女らの狙いはあくまで単純。弓という魔導兵器の特徴からも分かる通り、おそらく月都のバトルスタイルは後衛型。ならば近接戦闘で一気に仕留めるに限る。


 しかし、月都を彼女らが倒すよりも先に、刀を構えた女子生徒の身体が宙を舞う方が早かった。


「――は?」


 決闘が開始して数秒にも満たない内に起こった仲間の脱落。思わず呆けてしまった短剣持ちの女子生徒の腹へと、すかさず間合いの内側に入り込んでいた月都は、魔力をこめた掌底を叩き込む。

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