第3話 激怒するメイド 憤怒する生徒会長
ソフィア操る銃剣型の魔導兵器。そこから発せられた光の奔流に貫かれ、生み出されてしまった大穴が、扉の中央部分にぽっかりと空いていた。
最もこの学園は対魔神戦における要塞にも使用されているので、穴が空いた程度であれば、半ば自動的に損傷した箇所は塞がれるので問題はない。むしろ問題であるのは、ソフィアの目に見えて募る苛立ちでしかなかったわけなのだが。
「早くなさい。私は一度言ったことを、二度も繰り返すつもりはないわ」
さもなくばどうなるか――未だ銃剣を手に、扉の外に向かってソフィアは言い放つ。
観念したのか、聞き耳をたてるに当たって隠形していたと思しき女子生徒三人が、生徒会長に対する恐怖と、何故男を擁護するのかといった類の不満をありありと覗かせた面持ちを皆一様に抱いたまま、執務室へぞろぞろと足を踏み入れた。
「用件は?」
月都には分かる。ソフィアが彼女らに対して、相当に腹に据えかねる激情を沸騰させていることを。
内心冷や冷やしつつも、なるべく顔には出さないように、彼は事の成り行きを傍らに控えるあずさと共に見守ることにした。
「乙葉月都の我が学園への入学の取りやめをお願いしたいのです」
「何ですって?」
絶対零度。凍てつく憤怒が空間を満たし、軋ませる。
「生徒会長である私は乙葉の入学を認めた。この決定を序列が一桁ですらない有象無象が不服となすだなんて――恥を知れ」
ゆらり、と。ソフィアの身体から壮絶な鬼気と魔力が滲み出る。
ソフィア・グラーティアが学園において暴君と称されているのは、生徒達にとっても周知の事実ではある。しかしそれは生徒会長であると同時に、彼女が数多の強力な魔人を輩出して来た、名門グラーティア家の長女であることだけが要因にはあらず。
極東魔導女学園序列二位【
確固たる実力と実績に裏打ちされた苛烈さ。決して上辺や生まれだけで繕われた虚勢ではないのだ。
「――いいえ、それでも私達は魔人として、乙葉月都の存在そのものを、認めることが出来ないのです」
しかしそんなソフィアの強烈なプレッシャーを間近に受けても尚、女子生徒達は己の意見を覆すことはなかった。彼女らの常識が暴君に直接睨まれても尚、覆ることがないまでに強固に根付いている証拠である。
「魔人とは女がなるものです」
「私達魔人は身を粉にして、表の世界の秩序と平穏を、魔神や使い魔から守護している」
「先祖代々から受け継ぎしこの尊き役目に、男のような下賤な存在を携わせるわけにはいきません」
「端的に言いましょう。たとえ魔導兵器を操り、魔人になる資格があるとしても、男というだけで排除されて然るべき。積み上げて来た伝統と血統と誇りを守るためには」
「あのような悲劇、災厄を二度と生み出さないためにもです」
月都はソフィアの様子を見眺めつつ、爆発寸前の彼女の姿はひどく心臓に悪いといった感想を、つらつらと脳裏に綴っていた。
けれど、実は彼の隣にいるあずさも持て余した感情を噴火させかけているのだが、ソフィアに対して気を取られ過ぎたあまり、こちらの豹変にはどうやら気付いてはいなかったようなのだ。
「入学を取りやめにするだけ生温い。表の世界に放逐すべきです」
「いいえ、表の世界で日を浴びることさえも許し難いですよ。どこか薄暗い場所にでも閉じ込めておけばいいかと。女ではない魔人なんて、ありえない。いてはならない、生まれてはならない存在なのですから」
女子生徒達の目に宿るのは、若々しくも青臭い情熱と、一片の曇りもない正義感であった。
幼少の頃から魔人となるべく裏の世界にて教育を受けて来た彼女らにとって、徹底的な女尊男卑の精神は、当たり前のように頭と心と身体に刷り込まれている。表の世界の基準に照らし合わせれば、充分に歪んだ価値観を普遍にも等しい正義であると錯覚してしまう程に、だ。
だがしかし、裏の世界の普通であれば、男である月都が一方的に追いやられるだけの場面ではあるものの、魔人としての常識を断じて許すことの出来ない者が、ここに二人ばかり存在してしまっていたのが、女子生徒らにとっての一つ目の不運であっただろう。
「言いたいことは、それだけか」
「……生徒会長!?」
先程までの生徒会長としての冷徹なる威厳を投げ捨て、建前も外聞も何もない剥き出しの憎悪を燃やし、銃剣を構え直すソフィア。
「ご主人様。あずさは思うのです」
怒りに突き動かされたのはソフィアだけではなかった。頭から生える兎耳を逆立たせたあずさが、真っ黒な瞳をしながらも、それでいてニコニコと微笑んだまま、慌てふためく月都を見据える。
「アレらはゴミです。汚物は放っておけば周囲を汚染してしまいますからね。ご主人様が穢されてしまう前に、先んじて処分してしまうに限るかと」
「あっ、あずさ!? 落ち着けって!!」
両者を必死になだめる月都。しかし月都の側に立って怒りをあらわにするソフィアとあずさも、裏の世界の常識を正義の心を軸に振りかざす女子生徒達も、両者一歩も引くことはない。
説得は不可能であると早々に諦め、いったいどうしたものかと首を捻り、そこで月都はため息混じりに、一つの提案を口にする。
「俺としては折角の逃げ場から叩き出されては困るわけだし……。じゃあ、仕方ない。ここは学園の流儀に則って、正々堂々戦おうじゃないか――決闘だ」
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