六、記憶

 千歳と啓之助は、三長が並ぶ北の広間に正座させられていた。千歳は屯所に戻ったときから、止むことなく泣き続け、啓之助は武田に殴られた左頬に手を当て、不貞腐れている。

 武田が扇子を片手に、三長に対して事のあらましを長々と語る。

「──火薬がどれほど貴重であるか、この子は知っているのにです。しかも、野原で上げれば、火事を起こす危険があることに、まさか思い至らなかったわけではありますまい。私に火薬の調合がどうだと進言するほど、通じていたんですから。それにしても、酒井くんまで一緒になって、火薬遊びなどという道楽を行うとは思いませんでしたよ」

「……概要はわかりました、武田さん」

 歳三が閉口して武田を抑えるが、武田の口は治らない。

「火薬庫への無断侵入、備品を私に利用、それを幇助、火薬品の不適切な使用。これらが罪状かと思われます」

「わかりました」

 歳三が語気を強めて言った。

 夜半に突然持ち込まれた、火薬不正使用の弾劾は、尋問が敬助、記録が歳三だった。

「……では、三浦くんの側から話を聞こう」

 敬助が弁明を促すが、啓之助は口を尖らせたまま、目も合わせずに黙り込んでいる。仕方がなく、千歳に聞いてみると、千歳は手を着いて、

「申し訳ありませんでした……! もうしません。もう絶対にしないので、許してください!」

と泣くばかりで、尋問にならない。

「酒井くん、落ち着きたまえ。武田さんが叱ってくれたみたいだから、私たちからは叱らない。事実を確認するだけだ」

 敬助が千歳をなだめすかし、近藤も啓之助に叱るつもりはないと語りかけたことで、ようやく尋問は始められた。千歳が話しだすと、啓之助も口を開いた。

「三浦くんは、初めから狼煙を作るつもりで火薬を持ち出したのかい?」

「そうです」

「酒井くんは、どうして、戻すように言わなかったのかな?」

「す、すみません……」

「どうして、だい?」

 敬助に重ねて理由を問われ、千歳は顔を拭ってから答える。

「……その、薬を入れると炎の色が変わる様子を見て、これで花火作るって聞いたら……おもしろそうだなって」

「なるほどねぇ。野原でやって火事になることは考えなかったかい? なぁ、三浦くん」

「今日の風、火薬の量と、打ち上げの角度からして、草地に落ちるより前に燃え尽きることは計算上明らかでした」

「ふうん。酒井くんは?」

「すみません、思い至りませんでした」

「……好奇に逸った子どもの遊びですね」

 敬助の判定に、歳三と近藤も異論なしとうなずく。武田がすかさず、

「この子は知識があるんですから、その分──」

と抗議するが、近藤がなだめる。小姓による遊びの始終を明かすことに、意味を見出していなかった。

 歳三も早く終わらせて仕事の続きをしたいため、啓之助へと尋ねる。

「ところで、火薬庫の鍵はどうやって開けた?」

「勘定方から借りました」

「なんと言って?」

「借りたいと言ったら貸してくれました」

「……管理にも問題があるな」

 双方厳重注意で終わらせようとしたが、啓之助が口を挟む。

「管理の面で言えば、あの蔵は湿度が高いので、火薬が湿っぽくなっています。着火に時間がかかれば、発砲の威力も下がります。ただでさえ、ケチった調合で煙もうもうなのに──」

「三浦くん!」

 武田が厳しい声を上げ、手にした扇子で畳を叩く。

「それは君のお家の話であると言ったはずですが?」

「じゃあ、調合の割合は譲るとしても、保管方法はダメですね」

「遊びに使って、ぬけぬけと!」

「有色狼煙は行軍時に役立つかと思って作りました。赤なら進軍、青なら待機。視覚からも──」

「三浦くん、もうやめてよ!」

 啓之助を遮った叫び声は、千歳のものだった。涙で顔を濡らしながら、啓之助の袖を引く。

「もうこれ以上、怒られることないよ! 謝れよ!」

「かなり強く殴られた時点で罰は受けたと思うけど?」

 その一言に、近藤が手を挙げて、

「武田さん、手を挙げたのかい?」

と諫めるが、それも興奮した千歳によって遮られる。

「悪いことしたんなら当然だろう⁉︎ 謝れば良いんだから、謝れったら!」

「お裁きが下ったら謝るさ、まだお調べの途中だ」

「知るか、そんなもん! もう、嫌だ。君が来てから、何かしら怒られてばっかだ!」

「たしかに、俺が大概悪いけど、君、情けないよ? 叱られる段になって、全面降伏、めそめそ泣いて」

「お前──!」

 千歳が腕を振りかぶったところで、敬助が間に入り、千歳の背を撫でる。

「よしよしよし、一旦、お開きにしよう。もう遅いから。続きは明日で、な?」

 敬助の視線を受けて、歳三は啓之助に蔵で寝るように命じる。啓之助も素直に応じた。

「でも、酒井くんはやめてください。隣で泣かれちゃ寝られません」

「言われなくても、そいつは部屋で寝かせるさ」

「わかりました。じゃあ、失礼します。──武田先生、蔵まで送ってください」

「君は実に……むしろ、感心ですよ」

 啓之助のふてぶてしさに、武田も怒気を通り越して、呆れた様子だった。

 歳三が調書を近藤へ渡し、千歳に立つように言う。千歳は肩を縮こまらせて、恐々と立ち上がり、歳三の後に続いて北の広間を出た。

 襖が閉められる音に、千歳の身体は強張った。

「おい……」

「ご、ごめんなさい……!」

 千歳は立ち竦んで、歳三を怯えた目で見る。歳三が安心させるため、肩に触れようと手を伸ばすと、目を固く閉じて両手を頭にかざし、しゃがみ込んだ。

 怯えきった反応に、歳三はため息を堪えて、布団を敷いた。


『なんでもしますから、売らないで──!』


 そう言って、懇願した姿は一年も前のものだ。

 最近の千歳は、よく笑うようになり、自分の意見も主張するようになった。奉公を経て、変わったかと思った。

 しかし、根本のところでは、京都に来たばかりのころと変わらない。ずっと怯えている。

(なんてところで育てられたんだ……!)

 記憶にほとんど残っていない明練堂の女将を思いながら、歳三は憤った。

 翌朝、啓之助に下された処分は、三日分の休日返上。千歳には一日分の休日返上だったが、元々、千歳に休日は設定されていないので、お咎めなしと変わらない。蔵の鍵は、伍長以上しか借りれないようになった。

「僕、もうホント、懲りたよ。二度とお白州に引き出されたくない」

 廊下の乾拭きをしながら、千歳は嘆いた。近藤の旅支度をする啓之助がニヤッと笑って尋ねた。

「なぁ、花火、あと三本残ってるんだけど、上げとかない?」

「反省しろよ、君ぃ!」

「花火、好きなんだけどな」

「へぇ、そう」

「火薬なんて危ないよ。調合に失敗したら死ぬかもしれないし、大砲に詰められたら、人を殺すし、町を焼くし……」

「……うん」

「けれど、花火は平和じゃないか。だから、好きさ」

 啓之助の好きなものを好きと言い切る姿勢が、千歳は好きなんだと思った。だから、結局は許してしまう。


 狼煙の一件は、その日の昼には隊に広がっていた。八木邸の縁側で本を読む千歳を藤堂がからかう。

「君たち、良い度胸してるねぇ」

「三浦くんが、です」

「ふうん」

「反省してます……!」

 降参を示す千歳の泣き声に笑って、藤堂が隣に座った。藤堂は近藤と共に、隊士徴募のため東下する。

「俺、西洋砲術指南の件、ちょっと、心当たりあるんだ。三浦くんの建議なんだろ? 総司くんの評は最悪だけど、案外おもしろい奴なのかもなって思った」

「……三浦くん、勤務態度が悪いのと稽古嫌いなので、その評は至極真っ当なものなんですが、学識と行動する力はありますよ」

「俺、行動するに怖気付かない奴、好きさ」

「よ、魁先生!」

「やぁ!」

 千歳の掛け声に、藤堂が袈裟懸けの型を見せた。ふたりして笑い合う。

「君はどんな奴を仲間にしたい? それらしい人がいたら、連れて来るよ」

「うーん、そうですねぇ。年は十八くらいまで。職務に忠実な、友人となすに好ましい者……あ、見目が良ければ、なお良し、ですね」

「注文が多いなぁ。ちなみに、見目麗しの例としては?」

「会津さま」

 千歳はお遣いの最中に一度だけ、登城途中の容保を目にしたことがある。騎乗の容保は、物語の挿絵のように美しい武家姿だった。下手な役者より、よほど凛々しい殿さまであるために、藤堂の反応は渋い。

「……俺の今後の命運全て懸けても、ご期待に添うことは難しそうですね」

「では、友人となすに好ましい人を最優先で」

「なるほどね。それなら、なんとかなりそうだ。実際、人柄なんだよなぁ。どれだけ、腕が立っても、博識であっても、俺たちは『同士』である以上、そう思い合える相手でなくては、やっていけないよ」

 千歳はその答えを聞いて、藤堂が近藤におもねる「局長派」などではないことを確信した。藤堂が自らの考えに基づいて示した意見が、たまたま、近藤と一致しただけなのだろう。

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