第265話 祈りの石

 私は宝石作りのための小型の錬金釜を持ちだしてきた。


 ……さぁて。最初は世界樹の涙さんね。


 コトリ、と釜の中に世界樹の涙を落とす。

 まぶたを閉じて、手をかざす。

 そして、魔力を注いで溶けるよう、世界樹の涙に対して念じる。


 まぶたを開くと、とろり、とした無色透明な液状に溶けていた。


 ……さあ、次に混ぜるのは?


 この世界に最初に生まれたのは天界の女神と大地の女神。

 でも、双子とはいってもほんの少しの差で天界の女神のほうが先に生まれた。


 ならば。

 私は、天界の女神の涙を溶けた世界樹の涙が入っている錬金釜の中に落とし込む。

 ぽとりとおちたそれは、空色の円を幾重にも描いて溶け込んでいく。


 次に、私は大地の女神の涙を落とす。

 今度は土色の円を描いて石が溶けていった。


 ……次は、火、そして、水ね。


 私は火炎王の涙を錬金釜の中に落とす。

 すると、鮮やかな赤い円を描いて石は溶けていった。


 最後に、氷の女王の涙。

 それは水色の円を描いて溶けて消える。


 私は撹拌棒を使ってすべてを混ぜた液体を均等になるように混ぜる。


 ……でも、これは、まだすべてが混ざっただけのもの。


 それじゃ、ダメよね。

 錬金術は、無から有を生むもの。

 ならば、この液体の中に潜んでいる有益な能力、可能性を引き出すことこそが、錬金術。


 さあ、私はいにしえの神々が望んだ本当の想いを引き出すのよ。

 きっとそれが、この石達に託された、神々の想いのはずだから。

 私は、撹拌棒を取り出し、作業台の上に置く。そして再び、まぶたを閉じて錬金釜の上に手をかざす。


 ……私は、世界が平和であって欲しい。誰もが笑顔でいられるような、そんな世界に。


 神様の想いはどうだったのだろう?

 戦を嘆いて去って行ったいにしえの神々の想いも、私の願いと同じだったのではないだろうか?

 そうであって欲しい、そう思いながら、私は魔力を注ぎながら念じていく。


 まずは、冷やし固め、石状に。

 そして、さらに魔力と想いを注いで、宝石に変えていく……!


 ……お願い! 世界を救う力をください……!


 魔力と思いの丈を思いっきり注ぎ込み、私はを宝石に変成していった。

 そうして私の魔力も尽きたあと。


 そうっと私はまぶたを開く。

 すると、錬金釜の中には虹色に輝く美しい一粒の宝石が転がっていたのだった。


「でき、た……?」

 その、たとえを思いつかないほど美しい宝石を見つめながら、私は呟いた。

 あまりに美しくて、しばらく私は呆けたように見つめ続ける。


「あ、そうだ、鑑定をしなきゃ……」

 ようやく思いついて、鑑定の目で、その宝石を見つめてみた。


【祈りの石】

 分類:宝石

 品質:最高級品質

 レア:SSS

 詳細:いにしえの神々と奇跡の少女の、平和への思いが込められた至高の宝石。あらゆる状態異常を解除し、人の心の中にある善性を引き出す力を持つ。

 気持ち:みんなを笑顔にしてあげて!


「出来たわ!」

 私は、アトリエ中に響き渡るほどの声で叫んだ。

 すると、何事かとアトリエのみんなが私の元へとやってきた。


「これはまた、美しい宝石ですね」

 マーカスにはまだ鑑定レベルが不足しているのか、その内容まではわからないようだけれど、その見た目の美しさを褒め称える。


「わああ」

 ルックは、目を輝かせて宝石に見入っている。


「でも、宝石のままでは持ち運びに困りますね」

 ミィナが首を傾げていた。


「落っことしたらなくしちゃうよ」

 そう言うのはウーウェン。

 全く。彼女の恩人のグエンリール様が作りたがっていたものが、多分これなのに、それには気がついていないみたい。


「いつものように、リィンさんに指輪かネックレスにでも加工してもらったらどうですか?」

 そう提案してくれるのはアリエルだ。


「そうね。なんだかんだと装備品で指輪が増えちゃったから、これはネックレスがブローチにしてもらおうかしら……」

 私はアリエルの提案を受け入れることにして、リィンの工房に出かけることにしたのだった。


 ◆


「またこれは、とんでもなさそうなものを持ってきたなぁ……」

 鑑定は持っていないリィンといえども、持ち込まれたその石を見た瞬間、目を瞬かせ、呆けたような顔を一瞬してから、呆れたように私に告げる。


「まあ、確かに非常に貴重な品よ。……例の、あの石で作ったんだもの」

「作れたのか!」

 テーブルに両手で手をついたせいで、ガタン、と音を立てて身を乗り出して叫ぶリィン。


「……うん。世界を救いたいと……願ったら……出来ちゃったの」

「そっか……」

 すると、リィンの片手が私の方へと伸びてきて、くしゃりと柔らかく撫でられた。

「デイジー。本当にお前はいい子だな。……心の底から気のいい、そして、優しいいいやつだ」

 そうしてくしゃくしゃとしながら、目を細めて私に微笑みかけたのだった。

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