第264話 悩めるデイジー
◆
こうして私達は王都に帰ってきた。
今までは大変だった道のりも、ウーウェンがいるからどこでもひとっ飛びだ。ずいぶん楽になったものである。
……しかも、今回の行き先って天空の島だしね。
今私は、天空の女神様が「すべて集めた」と言っていた石を、実験室の机の上に並べている。
世界樹の涙。
氷の女王の涙。
火炎王の涙。
大地の女神の涙。
天空の女神の涙。
この五つだ。
……これをどうしたら上手く奇跡の石が出来るのかしら?
全部一緒に錬金釜にいれて溶かして圧力をかける?
それはなんだか安直な気がしたのだ。
だって、「氷の女王」は水、「火炎王」は火、「大地の女神」は土、「天空の女神」は風。
その四大元素というものを司る属性に当てはまる気がする。
けれど、「世界樹の涙」だけが、どうも異質なように感じるのだ。
「うーん」
私は思わず口に出して唸っていた。
そこに通りがかったマーカスが、ひょい、と机の上に並べた石をのぞき込む。
「これはまた、私では鑑定レベル不足ばかりの品をそろえましたね。で、何をお悩みですか?」
「これは混ぜ合わせて石……多分宝石の類いかな。そういうものになるみたいなのよね」
なるほど?」
「でも、この四つはいわゆる四大元素に当てはまるようなものじゃない? だけど、これは世界樹。なにか、他の四つとは異質な気がして、『いっせーの!』で混ぜるのは、なんだか違う気がして」
「なるほど。そういうことでしたか……」
そうして、私とマーカスは互いに逡巡するようにしばらく黙り込む。
そして、しばらくしてマーカスが口を開いた。
「神話を一読してみてはどうでしょう?」
「え?」
錬金術の悩みだというのに、一見唐突に思える提案に私は首を捻る。
「世界を構成する四つの元素と、世界を支えるという世界樹。デイジー様なら、その関係性から何かインスピレーションを得ることができるかもしれません」
「なるほどね……」
私は、マーカスのアドバイスに従って、二階へ上がることにした。なぜならそこのリビングにはみんなが読めるように本棚が置いてある。そこに、神話といった類いの本もあるからだ。
「神話、神話……創世神話とか、世界の成り立ちとか……」
私は本の背表紙を指でなぞりながら、目当ての本を探す。
「あ、あった!」
数冊のそれらしき本を見つけて、私はそれらを取り出して腕に抱き、テーブルの椅子に腰を下ろした。
◆
この世界には、はじめ天界の女神と大地の女神が生まれた。
そして火の神が産まれ、水の女神が産まれる。
神が作りたもうた世界は球体である。
世界には三本の世界樹があり、その球体の世界を支えている。
天には、神々の住まう天界。
地下には、死後の魂の眠る冥界。
その間に、平らな大地が広がっている。
天には、、昼は太陽が輝き、夜になれば、月や星々がきらめく。
それに見守られるようにして、人や、エルフや、魔族といった神が自分達に似せて作った種族と、動物達が住んでいるのだ。
世界樹は、いしにえの女神により生み出された。
そして、その枝で天界を支え、その枝で天を支え、根で大地と冥界を支える。
世界樹は世界の基盤なのである。
◆
「天も地も、世界樹が支えている……。そして大地には火も水もあるわ」
しばらく本を読んでいて、気になる部分を見つけた私は、それを自分の言葉に直して復唱した。
「支える。基盤……」
なんだろう。なにかが気になった。
これを錬金術に当てはめたら。
なにか、なにかがわかりそうな気がしたのだ。
「……そうだわ!」
私はそう叫んで、ガタン! と立ち上がった。
「
その溶液に含まれるすべてのものを包括する存在。それが溶媒。
溶媒とは、ポーションを作るときの水とか、生命の水のことね。
……ならば、合点がいく。
一は全。
全は一。
すべては第一質量からなり、そして、世界に存在するありとあらゆるものとなる。
そして世界は世界樹が支えている。
ならば、すべてを支える世界樹の涙が、他の涙を包み込めば良い。
だって、世界はそうあるのだもの。
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