第243話 暖かな家

 しばらく私とお母様は、抱きしめあって頬擦りしていた。


 ……久しぶりのお母様の体温。温かくて安心するわ。


 私は安堵を覚えて、頬擦りが終わってから、お母様の腕の中で瞼を閉じた。

 やがてその温もりに私の心も少し落ち着いたのか、不安や悩みに揺れていた私の心も和らいでくるのを感じる。


「奥様、デイジー様。お医者様から指示のあったハーブティをお淹れしても?」

「ええ、お願い」

 ケイトがお母様の背後から声をかける。それにお母様が同意した。


「ケイト、ありがとう」

 ハーブティを淹れる道具達を載せた、車輪付きの小さなテーブルを持ってきてくれたケイトに、私は感謝の気持ちを伝える。


 すると、ケイトは早速ティーポットにセントジョーンズワートの乾燥ハーブを入れる。黄色い花の部分も含んだ鮮やかなハーブだ。

「お礼には及びません。ご家族にとっても、使用人達にとっても大切なデイジー様です。早く健やかになっていただくお手伝いができるのは嬉しいですよ」

 そう言って目を細めるケイトの表情は優しい。


 ……私の心配をしてくれる家族に使用人に囲まれて。私は幸せだわ。


 そう思うと、まだ強張っていた顔の力が緩んでくるのを感じる。


 そうだ。さっきセントジョーンズワートを飲むように指示があったと聞かされた。なら、私は陛下から打ち明けられた事実によって、不安とか気鬱の症状が出ているのかしら?

 私はかつて王妃殿下から植物図鑑をいただいていて、その本に書かれていたハーブの効用を覚えていた。ちなみに名前の由来は、ハーブによる治療に多大な貢献をした、偉大な薬師の名前なんですって。


「お母様。私は気鬱か何かなんですか?」

 私がお母様に尋ねる。

「あら、さすがと言ったところかしら? 詳しいわね、デイジー」

 お母様が目を軽く見開いて驚いた様子を見せた。


「お嬢様は昔から植物にとてもご興味をお持ちでしたものね」

 そう言って、横でケイトは私のハーブティの準備をしている。ベッドの上で飲食するための小さなテーブルを私の前に置き、その上にティーソーサーとティーカップを載せ、中にハーブティを注いでくれた。


「さあ、どうぞ」

 そうしてケイトにハーブティを勧められた。

「ありがとう。いただきます」

 口に含むと、少しの苦味とすっきりとした香りが口の中に広がる。


 ハーブティが胃の腑におりて、体を芯から温めてくれる。その感覚に私は、ほうっと一つ息を吐いた。

 そんな私の横で、お母様がさっき私が投げた疑問に答えてくれる。


「お医者様の見立てだと、急にストレスがかかって、一時的に気力が落ちているんでしょうって。あなたが倒れた時に、お父様がちょうどうまく抱き止めてくれたらしくて、頭をぶつけたりとかはしていないらしいわ」

 続けて、「さあ、飲んでちょうだい」と言ってお母様が促してくるので、私は残りも全て飲み干した。


 すると、温かいハーブティに胃を刺激されて、私のお腹が、くぅっとお腹が鳴った。

「あら。体が食べたいと言い出しているのかしら。だったらいいことだわ」

 お母様がその音に目を細める。


「奥様。デイジー様は暫くお腹に何も入れていらっしゃいませんでした。厨房の者に、柔らかな麦がゆなどを作らせてはいかがでしょう?」

「それはいいわね。デイジー、それは食べられそうかしら?」

 ケイトの提案にポンといい提案だとばかりに両手を打つお母様。そんなお母様が私の方に向き直って尋ねてきた。


「はい。大丈夫です。……麦がゆってなんだか懐かしいです」

 五歳の『洗礼式』の、この部屋に私が泣いて閉じこもった。そのあと、一日以上は経ってからようやく部屋を出た私に、同じように麦がゆが出されたことを、私は思い出していた。


 そうしてクスッと思い出し笑いをしながらお母様の方を見る。すると、お母様も思い浮かんだことは同じだったのか、その口元には微笑みが浮かんだ。


「じゃあケイト、お願いね」

「かしこまりました」

 ケイトは小さなテーブルから、私のベッドサイドのテーブルに、飲み水が入ったピッチャーとグラスを置く。そして私とお母様に一礼してから、持ってきたテーブルを押しながら部屋を出て行ったのだった。


 それと入れ違いと思うくらいの、ほんの少しあと、部屋の外からドアをノックする音が聞こえた。

「デイジーお姉様。お加減はいかがですか?」

 その声は、我が家の小さな妹のリリーの声だった。


「あら、リリーがお見舞いに来たわね。あの子ったら、デイジーがまだ寝っている間も、『お姉さまは大丈夫かしら』とソワソワして落ち着きがなかったのよ。入れてあげても大丈夫かしら? デイジー」

「はい、大丈夫です」

 なんとなく、お母様とケイトと話している間に心も軽くなってきたので、その申し出に私は頷いた。


「じゃあ、入れて顔を見せてあげましょうね」

 私にそう答えると、お母様が私に頷き返す。

「リリー、入ってらっしゃい。デイジーは目を覚ましたわよ」

 ドアを隔てた向こうに声をかける。すると、お母様付きの侍女のエリーがドアを開け、そこを通ってリリーが私のいるベッドに向かって足早にやってくる。


「デイジーお姉様!」

 リリーは起き上がっている私を見て、嬉しさを顔いっぱいに表しながら私の名前を呼んだ。


——————————————————

<補足>

セントジョーンズワートについて。これは現実にもあるハーブです。

ただし、現実では新約聖書に登場するセントジョーンズワート(聖ヨハネ)が名前の由来です。

そのため、少し考えて、この世界では同じ名前の別の人(薬師)由来としました。

理由は、デイジーの世界観はキリスト教の世界ではなく、創造神を中心とした多神教の国。

その辺の違いから違和感があったからです。

このハーブをご存知で、あれ?と思われた方は、そういう理由ですのでご理解ください!

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