第242話 デイジーの目覚め

 私はふと瞼越しの光に眩しさを感じて、ゆっくりと目を開いた。


「デイジー様!」

 その声は、実家住まいだったときに、私の面倒を見てくれていたケイトのもの。

 そして天井は、見慣れた私の実家の自室のものだった。


「ケイト……私……」

 起きあがろうとすると、ケイトが私の両肩を押さえて制止する。


「デイジー様。デイジー様はお城の会議の場でお倒れになったのだそうです。お医者様からも安静にするようにとの指示が出ています。まだゆっくり寝ていてください」

 そうしてケイトは私を優しくベッドに戻すと、肩からズレ落ちた上掛けを直してくれる。


「そうだわ……私、陛下のお話にびっくりして……」

 自分の栽培した種を、理由があるとはいえ、陛下は戦争のために使いたいのだと。そして、それは自分の大好きなお父様や顔見知りの騎士団長のためでもあるのだと。


 ……そう聞かされて、意識を失ったんだわ。


 私は意識を手放す前の記憶を思い出した。

 あのとき、止んで欲しいと願った激しい胸の鼓動は、もう収まっていた。


「ねえ、ケイト。私はお城にいたはずだわ。それと、私はどれくらい眠っていたの?」

 私は首だけを横に向けて、私に寄り添うケイトに尋ねた。


「お倒れになったデイジー様を抱いて馬車でお連れしたと、ご主人様から伺っております。それからデイジー様は、二日と半日ほどお眠りになっておられましたよ」

 私の枕元に寄り添うケイトは、私をいたわるかのような柔らかな表情で私を見ながら答えた。


「……そう……」

 私はゆっくりと視線を天井に戻して、ぼんやりとそこを見つめた。


「デイジー様。デイジー様がお目覚めになったことを、奥様へ伝えに行っても大丈夫でしょうか? すぐに戻りますが、お一人で大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫」

 ケイトの問いに、私は天井を見上げたまま一つ頷いた。


「では、ご報告に行ってまいりますね。それと、何か欲しいものはございますか?」

「……水が飲みたいわ」

「お水……そういえば、お医者様からデイジー様がお目覚めになったら、セントジョーンズワートを処方するようにとの指示が出ているのです。ですから、それの温かいハーブティでもよろしいでしょうか?」

「ああ、そうなのね。それでもいいわ。ありがとう、ケイト」

 そうして一通りやりとりを終えると、ケイトは立ち上がって一礼してから、私の部屋を辞したのだった。


 一人になってみると、窓の向こうから聞こえる小鳥達の囀りしか聞こえなくなった。

 ケイトには制止されたけれど、私は上半身を起こすことにした。枕を背に移動させてそれをクッションにしてもたれかかる。


 そうして窓に顔を向けると、小鳥達は三羽確認出来て、彼らは楽しそうに小枝をぴょんぴょんと飛び跳ねながら、じゃれあっていた。


 ……いいなあ。


 小鳥達の無邪気なさまに、私はぼんやりとそう思った。

 あの子達は悩みもなさそうに、あんなに楽しそう。それに比べて私は……。


 陛下に言われた「内密に」との言葉とともに知らされた、この国を脅かすかもしれない衝撃的な事実を、私は一人で抱えている。

 もちろん、一緒にいたお父様は同じ秘密を共有しているのだけれど。


 ……でも、一人で秘密を抱えているのって辛いわ。


 そう思った瞬間、片方の瞳から、ぽろりと涙が溢れでた。

 戦争だなんて。それに、私の力……生み出したものを提供して欲しいだなんて、どうするのが正しいのだろう。


 思い返してみれば、私は錬金術師となってから、この問題に何度か向かい合っている。

 陛下に、自白剤の作成を依頼された時もそう。

 あの時はまだ私は幼すぎて、「二度と作りたくありません」だなんて、恐れ多くも陛下を拒絶したんだっけ。


 そうして、王都にアトリエを開いてから、近所にアトリエを開いていたアナさんと出会った。

 私は、彼女に「力の使い方がわからない」と。「人を傷つける可能性のあるものは作りたくない」と打ち明けたのだ。

 アナさんは、そんな私の悩みを受け止めてくれて、それに対するアドバイスを優しく教えてくれた。そして、私は彼女にお師匠様になってもらったのだ。


「……アナさんに会いたい」

 私は自然と口を開いて呟いていた。


 でも、陛下には「内密に」と言われている。

 相談するにしても、悩みを聞いてもらうにしても、陛下の許可が必要よね。きっと国家機密レベルのお話だから、迂闊に漏らしても、アナさんに迷惑がかかるかもしれない。


 私は、ふう、とため息を漏らす。

 すると、部屋のドアがノックされ、ケイトの声でケイトがお母様をお連れして戻ってきたことを伝えてきた。


「どうぞ」

 私がドアの向こうの二人に応えると、ケイトがドアを開けて、お母様が先に部屋に入ってきた。


「……デイジー!」

 私の顔を認めて、徐々に泣き出しそうな表情は喜びに変わり、お母様が私のいるベッドへと足早にやってきた。

 そして、ベッドの横にある椅子に腰掛けて、お母様が私の手を取って両手で両手を包み込んだ。


「お母様。ご心配をおかけしてしまって、すみません」

「いいのよデイジー。あなたが無事目を覚ましてくれて嬉しいわ」

 お母様はそう言って、私の手を握っていた手を解くと、今度は私の体を包み込むように腕を回して、私を抱き寄せ、頬擦りをしてくれたのだった。

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