第241話 陛下の説明
「デイジー、君はシュヴァルツブルグ帝国という国を知っているかな?」
「はい。私達の国とハイムシュタット公国を挟んだ先にある国ですよね」
私は聞き覚えのある国名に頷いた。
ずっと前、アナさんに師匠になってもらうときに聞いている。
確か、昔に政変が起こり、軍国主義を掲げる国王が治める国になってしまった。だから、アナさんやリィンのおじいさんのドラグさん達は、自分達の能力を戦争に使わせまいと、彼の国から逃げてきたのだと。
「そう。そのシュヴァルツブルグ。彼の国が武器や防具を大量に調達しているらしいとの情報が入ってね。……我が国の友好国であるハイムシュタット公国、そして我が国との戦争を目論んでいるのではないかと警戒しているんだ」
陛下は、まだ子供の私にどう伝えたものかと、易しく噛み砕いて説明してくださる。そんな陛下の顔は、悲しみや憤りといったもので少し歪んでいる。
「……戦争」
私は呆然とその言葉を復唱する。
静かな部屋の中で、私の心臓がどくどくと脈打って、頭に響いてうるさい。
そんな私を、お父様がハラハラとした顔付きで見守る。そして、他の大人の人達も心配そうに私を見つめている。
「そう。私達ザルテンブルグの人間は、血で血を洗う戦争など望んでいないのだけれど……ね。それでも、仕掛けられる可能性があるのであれば、私は国民を守るために出来るあらゆることを講じなければならないんだ」
「体力向上の種のお申し出は、だから、ですか……?」
私が尋ねると、陛下は申し訳なさそうに眉を下げて頷いた。
……うるさい。うるさい。胸の鼓動よ収まって。
私は、不安に駆られて繋いだままのお父様の手をさらにぎゅっと握りしめた。
怖かった。
「正確にいうと、君が賢者の塔の赤竜を自分の眷属として手元に置きたいと言うのを許可したときから、かな……。あれが抑止力となり、シュヴァルツブルグ帝国が諦めてくれたらと思っていたんだ。だから、私の勅命で許可した」
陛下が言っている赤竜というのは、ウーウェンのことだろう。
あのときから、この事態が水面下で国を揺るがせていたなんて。
「抑止力……ですか?」
「ああ。君のところの赤竜……ウーウェンだったか。彼女はまだ未熟とはいえ赤竜としての力はあるんだろう?」
「……はい。そうだと思います。空も飛べますし、ドラゴンブレスも吐けます」
「うん。だとすると、そんな竜を従えているような者がいる国に手を出そうとするなんて、普通は考えないはずなんだ。だって、赤竜なんて相手にして無事に済むとは考えないだろう?」
「……はい」
「だから、彼の国の野望を未然に防げると思っていた。そのためとはいえ、黙って利用してすまない、デイジー……」
「そんな! 陛下!」
一国の王である陛下が私に頭を下げるので、慌てて止めて欲しいと私は首を横に振った。
「……私は最初、君と君の赤竜の存在によって、戦争を未然に防げると思っていた。けれど、彼の国はどうも戦争の準備をやめていないらしくてね」
カタンと硬質な音がして、陛下が立ち上がったのだと知る。
「私が今回ご相談に伺った体力向上の種は……その起きるかもしれない戦争のために使われるのでしょうか……」
私は震える声で尋ねる。そして、私のもとへ歩み寄られる陛下、軍務卿とお父様の顔を交互に見た。
「デイジー……すまない」
椅子に座ったままの私の頭を、陛下がそっと優しく撫でる。
私は謝罪の言葉だけを口にした陛下に首を横に振って答えた。
「私は、もし戦争になったら最前線で戦う兵士達……彼らを一人でも守りたい。君が育ててくれた種の効果があれば、彼らの生存率も格段に上がるだろう。だから、彼らに最優先で摂取させたいんだ」
「……兵隊さん達が、この種の力で助かるかもしれない……」
ぼんやりと持ってきた体力向上の種の入った袋を取り出して眺めながら、私は呟いた。
「うん。そう。君も知っている騎士団長や……君の父上も。そして彼らの部下達に至るまで、出来るだけ一人でも多くの者に生き延びる可能性を高めてあげたい」
陛下のその言葉に、私の心臓が一際大きく胸を打つ。
『
……苦しい……!
「……おとう、さま……」
脳裏に、
お父様が剣で斬りつけられる、そんな光景。
ドクンドクンと私の胸が早鐘を打つ。
……息、が……できな、い……。
「「デイジー!」」
陛下とお父様が私を呼ぶ叫び声が、遠くなっていく。
私は、その想像してしまった光景の恐ろしさに、意識を手放してしまったのだった。
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物語は終盤へ。
当初から伏線として出てきていた軍事国家などと、向き合うことになっていきます。
デイジーも、国一番の錬金術師として逃れられないようで……?
少々12歳の少女には厳しい場面もありますが、彼女の心の成長を一緒に見守っていただければと思います。
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