第240話 思わぬ申し出

「お帰りなさい、ヘンリー」

「「「「お帰りなさい、お父様!」」」」

 お母様と私達子供が、立ち上がってお父様の帰宅を労う。


「ああ、ただいま。私も着替えたらすぐに戻るから。そのまま喋っていてくれていいよ」

 お父様は、片手でネクタイを緩めながら、一旦着替えるのだろう。自室へと部屋を後にした。


 そうして、私達は再びソファに座る。

 そんな中、お兄様がこっそり私に耳打ちで教えてくれた。

「最近、いつもこんな時間なんだ。今日はまだ早い方なんだよ。軍の会議で忙しいみたいでね」

「何かあるのかしら……お兄様達は聞いているの?」


 お兄様はこの国の賢者、お姉様は聖女だ。まあ勿論、二人は十四歳と十三歳。成人とみなされる十五歳前なので、正確には見習いなのだけれど。

 だから、お兄様なら何か知らされているかもと思って尋ねてみることにした。


 そうして私が小声で尋ねると、お兄様は首を横に振った。

「いいや。私やダリアにも聞かされていない。私達は賢者だとかいってもまだ見習いに過ぎないからね」

 そう言うと、お兄様は肩を竦めて苦笑いする。


「……そんなこと……!」

 私がお兄様の自嘲とも思える言葉を否定するように、キュッと服の裾を握った。


「いや、大丈夫。それに本当のことだから。でも、いつかきっと国のために働くお父様の助けになる。ああ、話が逸れたね。陛下や軍務卿といった軍の上部の人達は会議の回数が増えているらしいよ」

 私が握りしめている手を、その上からそっと手のひらを重ねて、お兄様がにこりと微笑む。

 そんなお兄様の手は温かく、そして私よりも大きな手に、頼もしさを感じた。


 そうして過ごしていると、仕事着からラフな室内着に着替えたお父様が居間に戻ってきた。

「待たせたね。特にデイジー。約束をしていたのに、帰りが遅くなってすまないね」

 セバスチャンを連れたお父様が、空いた席に腰掛けながら、私に向けて詫びの言葉を口にする。


「大丈夫です、お父様。それに、久しぶりにお母様や兄様達とゆっくり話も出来ましたから」

 にこりと笑ってお父様のお顔を見ると、やはり顔に疲れが滲んでいるような気がした。

 お兄様の言っていたとおり、忙しいのかもしれない。


「そうだ、デイジー。例の新商品の相談の件だけれどね、明日一緒に登城して欲しいんだよ。陛下と軍務卿が直々に君と相談したいとおっしゃっていてね」

「直々に……ですか?」

 私は予想外の展開に、いや、予想以上に早い展開に首を捻ってしまった。

 私はそれまでこっそり話をしていたお兄様と顔を見合わせて、互いに首を捻るのだった。


 ◆


 そうして翌朝、私はお父様が出勤なさるのと一緒に馬車で登城することになった。

 未成年とはいっても私はもう十二歳。だから、お城へ伺って失礼にならないように、予備に置いてあるドレスを着ていく。ドレスの着付けはケイトに手伝ってもらった。


 そうしてお父様の案内で連れて行かれた先は、小ぶりの会議室。

 私達の前に軍務卿と財務卿、鑑定担当のハインリヒがすでに着席済み。お父様と一緒に入室すると、私はカーテシーをしてお二人に挨拶をする。それが済むと、侍従に勧められた席で陛下がいらっしゃるのを待った。


 やがて国王陛下が宰相閣下を伴って部屋にいらっしゃった。

 私達はその場で立ち上がって立礼をする。


「ああ、みんな、よく集まってくれた。デイジーも、よく来てくれたね。さあ、座って」

 陛下のお言葉で、皆が腰を下ろす。

 陛下と宰相閣下も侍従が引いた椅子に腰を下ろした。そして陛下は侍従に場を外すよう指示すると、部屋は私とハインリヒを除けば国の重鎮とも言える方々だけになる。


「今日の議題は、デイジー嬢が新たに栽培に成功した、体力向上の種についてでしたな」

 宰相閣下が口火を切ると、陛下が頷かれた。

 そして、そのお顔を閣下の方から私の方へ向ける。


「デイジー。その新種の種を、しばらくは全て国に納品して欲しいんだ。それをお願いするために、今日は君に来てもらったんだよ」

「……全て?」

 私は思わず大きめな声で復唱してしまった。


 ……どういうことだろう?


 だって、以前似た種類の種達は、冒険者ギルドと協議の上配分率を決めたはず。

 だから、今回も似たような処置になるのだろうと私は思いこんでいたのだ。


 ……そういえば、冒険者ギルドの責任者らしき人もこの場にはいない。


「陛下、……どういうことなのでしょうか?」

 国が買い占めたいだなんて、ちょっとおかしい。


 そう感じとった私の問いに、陛下が優しい苦笑いを浮かべながら答えてくださる。

「デイジー。君の質問には誠実に答えよう。ただし、その話は絶対に内密に頼む。誓えるかな?」

 不安を抱きながら隣に座るお父様を見上げる。すると「大丈夫」とでもいうようにお父様がしっかりと頷き、私の手をテーブルの下で握ってくれた。


「……はい……」

 お父様に励まされるようにして、私はかろうじて返答をすることが出来た。

 そして私はまだ繋がれているお父様の手をぎゅっと握り返し、陛下の口が開くのを待つのだった。

————————————————————

更新がお久しぶりになりました。

おかげさまで書籍化作業も無事に落ち着いてきました。

王都の外れの錬金術師3巻とコミック1巻、12/10発売予定です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る