第239話 デイジーの帰宅

 数日後、私はお父様と体力向上の種の取り扱いについて相談すべく、実家に戻ることになった。サンプルとして、種を十粒小袋に詰める。それを、ポシェットの中に入れていくことにした。


 ……それにしても、日にちが空くなんて珍しいわね。お仕事がお忙しいのかしら?


 いつもは、大体お父様と話をしたいと伝えるとすぐに工面してくれることが多い。だから、数日経ってからというのを珍しく感じたのだ。私は少し不思議に思いながらも、指定された日、お父様が仕事を終えて帰宅する時間帯に実家を訪ねた。


「ただいま。セバスチャン」

 やはり、玄関ではいつものように、我が家の執事のセバスチャンが待っていてくれた。

「おかえりなさいませ、デイジーお嬢様」

 彼は、慣れた所作で折り目正しくお辞儀をする。


「お父様はもうご帰宅かしら?」

 そう言って尋ねると、セバスチャンは頭を上げてから、少し申し訳なさそうな顔をして首を横に振った。

「最近ヘンリー様はとてもお忙しいご様子。本日も少し遅れていらっしゃるようで、まだお戻りになられていません」


 ……やっぱり仕事がお忙しかったのね。


 納得はしたものの、お父様のお仕事は国軍の魔導師団の副魔導師長。

 そのお父様が忙しいということは、国に何か問題でもあったのだろうか?

 私は、国の状況と、そして何かあれば実戦にも赴かれる立場のお父様の身を案じた。


 すると、知らず知らずに私の顔色が曇ってしまったらしい。

 セバスチャンが、そんな雰囲気を察したらしい。彼はそれを振り払うかのように、少し明るくした声色と表情で私に提案してくれた。


「デイジー様。せっかくですから、ご家族とゆっくりされてはいかがでしょう? 侍女に飲み物でも淹れさせましょう。じきにヘンリー様もお戻りになられるでしょう」


 ……確かにそれもそうね。


 賢者の塔に住んでいたご先祖だというグエンリール様の一件以来、私は実家を訪れずじまいだった。


 リリーの錬金術科での勉強具合も聞きたいし、ホーエンハイム家の孫息子のアルフリートと、何やら一緒に実験(遊び?)しているということの内容も聞いてみたい。


 お母様は相変わらずのんびり過ごされていると思うけれど……。

 賢者と聖女に転職なさったお兄様とお姉様のその後の様子も聞きたいわ。


「ありがとうセバスチャン。みんなに声をかけてみてくれないかしら? 手が空いている人だけでもいいからお話をしたいわ」

「では、手配をしましょう」

 にこりと笑ってセバスチャンが一礼をすると、私を居間に誘導する。そして、それが済むと、侍女達に指示を出すためにその場を後にしたのだった。


「ソファに座って待っていようかしら」と思って、私は庭の景色がよく見えるソファに向かう。

 やはりいつものとおり、そこがお気に入りお母様がその場所にいて、私は挨拶をする。

「お母様。ごきげんよう」

「あら、デイジー。来ていたのね。ささ、座って」

 お母様が嬉しそうに微笑んで私に向かいの席を勧めてくれたので、私はそこに腰掛けた。


 我が家の自慢のバラは時期が早いらしくて、残念ながらまだ咲いてはいなかった。

 でもその代わりに、春の早い時期に花を咲かせるクレマチスやアリッサムなんかが庭を彩っていて、その小さな花々が愛らしい。


 そうして庭を眺めてゆっくりしていると、

「デイジー様。おかえりなさいませ」

 そう言って、ケイトがやって来た。彼女は小さな車輪付きのテーブルを押している。そしてその上には紅茶を淹れるのに必要なものが載せてあった。


「ケイト!」

 私は思わず立ち上がろうとする。それを笑ってケイトに窘められた。

 彼女は、私が実家住まいだった頃に、私付きの侍女だったのだ。

 だから、ついつい顔を見ると、嬉しさと懐かしさで体が反応してしまう。

「もう。デイジー様は相変わらずですね。紅茶を淹れますから、お座りになっていてください」


 そうしてケイトに紅茶を淹れてもらっていると、続々と家族が集まってきた。

「お姉様〜!」

 まずは駆け寄って来るのはリリー。

「リリー。ただいま」

 ぎゅっと私にしがみ付いてくるリリーを、私は抱きしめ返す。


「もう、リリー。レディーがそんなふうに走ってはいけないわよ」

 リリーのあとから足早に歩いてきて、姉らしく優しく窘めているのはダリアお姉様。

 お姉様は相変わらずみたい。


「デイジー、おかえり」

 最後にやってきたのはお兄様だった。


「あら。みなさんお早いお揃いですね。では、みなさんの分も紅茶をお淹れしましょう」

 ケイトはそう言うと、席に腰を下ろした家族に、順番に紅茶を淹れてから、その場をあとにしたのだった。


「アトリエの方はどうなの?」

 紅茶に口をつけていると、お母様が私に尋ねかけてきた。


 カップをソーサーに置いてから、私はお母様に顔を向ける。

「経営は順調です。相変わらず軍や冒険者のみなさんに、ポーションを中心に買い求めていただいてます。そうそう、冬から取り扱うようになったポーション入り化粧水も、女性を中心に好評です」

 私がアトリエの経営状態を回答した。


「あのポーション入り化粧水、とっても助かったわ」

 お母様が両手でポンと手を打って頷いた。


「そうそう! 私も、唇の荒れがサッと治ってしまうから、とっても助かったのよ……って、お父様が帰宅されたようね」

 お姉様が感想を述べるのを切り上げた。

 玄関が開く音がして、微かにお父様の声とセバスチャンの声がしたのだ。


 やがて少ししてからお父様がセバスチャンに案内されて居間にやってきた。

「ああ、デイジー。お帰り。遅れてすまなかったね」

 お仕事がお忙しいのだろうか?

 私の帰省に笑顔を見せるお父様のその表情は、僅かに疲れが見て取れるものだった。

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