第244話 実家の人々の思いやり

「デイジーお姉様! 目を覚ましてくれたのですね!」

 お母様の隣に並ぶようにして、リリーが嬉しそうに私の手元に手を伸ばした。


「心配してくれたのね。ありがとう、リリー」

 私は手を伸ばしてくるリリーの方に手を差し出す。すると、笑顔のリリーがぎゅっと私の手を握ってくれた。


「お加減はどう? お姉様」

 リリーが若干不安そうな顔をしながら、首を傾げて私に尋ねてくる。


「お医者様が指示してくださったハーブを飲んでいたら、きっと良くなるわ」

 お母様はリリーを安心させようとしているのだろうか。リリーの頭を撫でながら易しく説明したので、私も笑顔を浮かべてリリーに向かって頷いた。

 それを聞くと、リリーの曇った顔が、明るくなっていく。


「じゃあ、お姉様! 元気になったら、私の研究についてお話をさせてください!」

 リリーは、国民学校の錬金術科で教鞭を取っている、ホーエンハイム先生のお宅のお孫さんのところへ訪問しているらしい。その成果を説明したいのだろう。


「わかったわ。お医者様からベッドから出てもいいってお許しが出たら、ゆっくり聞かせてもらうわね」

 私がにっこりと笑って答えた。

 すると「やったぁ! 約束ですからね、お姉様!」と言って二人で指切りでの約束を私にねだる。そして、それを終えると、エリーを連れてぱたぱたと部屋を後にした。


「あらあら、リリーったら。最初の頃より落ち着いたと思ったら、あなたが目覚めたら興奮しちゃって」

 そんなお母様の顔は、「仕方がないわね」と言った様子の優しい苦笑を浮かべている。


「じゃあ、私も一度お暇しようかしら。じきにケイトが粥を持ってきてくれるわ。ゆっくり休んでね。また来るわ」

「はい。お母様、ありがとうございます」

 お母様が、私の頭をひと撫でしてから、腰を上げる。そして、私のベッドに置かれていた簡易テーブルを退けてくれた。


 そして、私のベッドから離れようとして一度背を向けてから、私の方に向き直った。

「ああ、そうだわ。あなたのアトリエには、使用人からあなたがうちでしばらく静養することになりそうだと連絡してあるの」


「ご配慮ありがとうございます。連絡がないと、みんなびっくりしますものね」

「でしょう? でね、あなたの状態が落ち着いたら、お見舞いに来たいと言っていたわ。落ち着いたら、来ていただいても大丈夫だと連絡しましょうね」

「はい」


「じゃあ、ゆっくり休んでちょうだい」

 そう言うと、お母様は今度こそ部屋を後にした。

 パタン、とドアが閉まる音がして、私は部屋に一人になった。


「ふー」

 二日も寝ていて、急に喋ったからだろうか。

 軽い疲労感を覚えて、私はまだベッドに横になった。

 でも。


 ……家族は温かい。

 そして、具合が良くなったらお見舞いにと言ってくれるアトリエの仲間達も優しいわ。


「ねえ、リーフ。来てちょうだい」

 彼の温もりが欲しくて、子犬のような姿でベッドの脇にふせをしていたリーフに声をかける。

 そして、上掛けを半分めくって私の横をポフポフと手で叩いて、「ここにおいで」と指し示す。


 その音にリーフが顔を上げて、むくりと起き上がる。そしてたんっと床を蹴ってベッドの上に乗る。

「デイジー様。この小さき姿のままで良いですか? それとも大きい方が?」

 リーフは聖獣フェンリルだ。大きな姿になると、大人の男性よりも体長がある。そして、今のような子犬ほどの愛らしい姿にも変化へんげできるのだ。


 問いかけてくるリーフに、私は首を横に振って答える。

「今のままでいいわ。一緒にいてくれるだけで温かいもの」

 私はリーフを抱き寄せ、上掛けが私達を覆うようにかける。

 そうして、頼んでおいた麦がゆが出来上がるまで、リーフの温もりに癒され、うとうととしながら待ったのだった。


 ◆


 そうしてうとうとと微睡んでいると、食欲をそそる香りが微かに鼻先を刺激した。

 その刺激に薄く目を開けると、ベッド脇に人影がある。

「ケイト」

 私はパチリと目を開けて、彼女の名を呼ぶ。


「ああ、お気づきになられましたか。お食事の用意ができておりますが、食べられそうですか?」

「うん。どれくらい食べられるか分からないけれど……食べたいわ」

 私が起き上がりながら答えると、ケイトがにっこり笑って頷く。

「じゃあ、準備いたしますね」


 お母様が退室する前に退けた簡易テーブルを、ケイトがまた私の前においてくれる。

 リーフはそれを見計らって、その前にベッドから降りていった。


 ケイトが移動式の小テーブルに載ったお皿から、シルバーのディッシュカバーを外す。そして、私の目の前に置いてくれた。

 すると、さっき鼻先をくすぐった香りが、もっと強く私の周りに漂ってきた。


「いい匂い! 美味しそうだわ!」

 粥といっても、麦だけではないらしく、細かく刻んだミンチ肉や野菜、小ぶりの豆が混ざっている。

「栄養をつけていただきつつ消化に良いようにと、厨房担当のボブとマリアが張り切って作ってくれましたよ。さあ、どうぞ」

 そう言いながら、ケイトが皿のそばにフォークを置いてくれた。


「……いただきます」

 私は、皆の思いやりに感謝しながら、麦がゆを食べ始めた。

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