第235話 ルックの新しい生活

 入学式も終わって、ルックは安息日を除いた毎日、学校へ通う生活が始まった。


「わわわ、朝寝坊しちゃいました〜!」

 さて朝食とばかりに、ルックを除いたみんながテーブルを囲んでいた。

 そこに、バン!と扉を開ける大きな音がして、慌てた様子でルックがリビングに駆け込んできた。


 ミィナと、人型をとったウーウェンと、アリエル。三人でミィナが用意してくれた朝食を運んでくれていた。厨房は階下にあるからだ。


「あらあら」

 両手に持ったお皿をテーブルに置くと、ルックの姿を上から下までチェックして、ミィナがそういった。

「ボタンを掛け違えていますよ。それに、肩紐がずれちゃっています」

 仕方がないなあ、といった微笑ましいものを見る眼差しで、ミィナがくすくすと笑っていた。


「あー!」

 指摘されて、ルックが慌て出す。


「ちょっとルック。ちゃんと髪を梳かして、顔も洗ったのかい? 寝癖が取れていないし、目脂が残っているけど……」

 心配になったのか、面倒見のいいマーカスがルックのそばに寄っていき、ミィナよりも細かく彼をチェックする。


「ほら、ボタンを直すから、みんなに見えないようにこっち向いて」

 マーカスが世話焼きモードに入り、ルックを促した。

「ありがとうございます……」

 ルックはすっかり眉尻が下がってしまっている。


「あとは顔を洗って、髪を整えて……。ゆっくり朝食を取るのは、今日は厳しそうだな」

 マーカスがルックの面倒を見ながら呟いた。


「じゃあ、ルックには今朝は簡単に焼き上がっているパンで朝食を済ませてもらいましょうか?」

「その方がいいかもしれないわね」

 ミィナの提案に、私も同意した。


「ねえ、ピーター、アリス。ルックのために、粗熱の取れたパンを二個持ってきてくれないかしら?」

 私は、リビングをふわりふわりと飛んでいた彼らに、お願いしてみた。

 彼らは、うさぎのぬいぐるみをボディにしている、魔導人形たちだ。


「「デイジー様、承知しました!」」

 彼らが、揃って階下へと飛んで降りて行く。


 そうして、ルックがマーカスの手によって身だしなみを整えてもらっていると、ピーターとアリスが、それぞれお皿に一つずつ、パンを載せて戻ってきた。

 チキンとお野菜のを盛った調理パンと、カスタードクリームの上に新鮮な旬のイチゴを乗せたデニッシュだ。


 ミィナが元々ルック用に置いておいた朝食の皿をそこからずらす。

 その空いた場所に、コトリ、コトリと、ピーターとアリスが持ってきたお皿をルックの席の前に並べた。

 ミィナがその横に、牛乳の入ったマグカップを添える。


「ほら座って。早く朝食を済ませて」

 時計をチラリとみたマーカスが、ルックをほどほどに急かす。


「いただきます!」

 お手拭きで手を拭いたルックが、手掴みでパンを摘んで、モグモグと食べ始める。

 私たちも、それぞれの席について、ミィナが準備してくれた朝食を食べ始めた。


「んぐぐ……」

 そんな中、ルックは食べ急いでパンが喉につかえてしまったらしく、胸をトントンしながら、牛乳の入ったマグカップに手を伸ばす。


「ぷはー!」

 牛乳を飲んで、喉につかえたパンを流し込んだルックが、一息ついていた。

 それをみて、みんながルックを見てくすくすと笑う。


「?」

 ルックは、その意図が掴めないらしい。

 自分を見て笑う私達を不思議そうな顔でキョロキョロと見回していた。


 実は、笑われている理由は簡単。

 慌てて牛乳を飲んだから、ルックの口の上には、白いお髭ができてしまっていたのだ。

 いわゆる牛乳ひげってやつね。


「……全く、世話が焼けるんだから」

 ふう、とため息をついてハンカチでルックの口元を拭ってあげるのはマーカスだ。

 そして、言葉とは裏腹に、彼の顔には優しげな微笑みが浮かんでいる。


 ……うーん。マーカスの世話焼きのせいも原因の様な気がするんだけど。


 ルックは両親を失った、いわゆる孤児だ。

 故郷の村では村長が、王都では私が後見人をしている。


 だから、出会ったばかりの頃はもう少し、子供ながらに必死に自立しようとしているような雰囲気を感じた。


 けれど、アトリエにやってきて、みんなに囲まれて。

 特に面倒見の良いマーカスに世話を焼かれているうちに、すっかりアトリエメンバーの弟キャラになってしまった気がする。


 まあまだ彼は九歳。

 子供らしくいる時期も大事よね。


 そうしてようやく残りのパンも食べ終えたルックが、時計を見て「行かないと!」と叫んだ。

「そういえば、今日は錬金術科の授業もあるんでしょう? ちゃんと教科書をカバンに入れたの?」

 私が尋ねてみると、予想は悪い方に当たったらしい。


「わああ! 忘れてましたー!」

 ルックが椅子の脇に置いておいた鞄を持って、自室へと駆け込んでいく。

 そうして、慌ただしく部屋から出てくると、階段の前で足を止めた。


「行ってきます!」

「行ってらっしゃい!」

「気をつけてね」


 そうして、アトリエのみんなに見送られて、ルックは元気に登校していくのだった。

—————————————————-

のんびりとしたアトリエの風景回です。

賢者の塔攻略も終わったので、少しのんびり回を続けるかもしれません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る