第236話 パン工房の朝

 パン工房の朝は早い。

 だから、その責任者であるミィナの朝もとても早い。

 そして、彼女に懐いたウーウェンの朝も、彼女同様に早かった。


 まだ朝日も差し込まない中、ミィナは起きなければならない。

 そんな彼女のために、機械仕かけの目覚まし時計を私はプレゼントしていた。


 これは、ドワーフの技師達が生み出したという、彼らの技術の結晶。

 実は市販されていなくて、かなり高価だったりする(ミィナが驚いちゃうから、彼女には内緒ね!)。


 たまたまリィンとドラグさんの工房を訪ねたときに「じいちゃんの最新作だ」といってリィンが見せてくれたものを見て「これはミィナにプレゼントしたい!」と思って、私が注文生産してもらったのだ。


 そんな特別品の目覚まし時計のベルの音で、ミィナの朝は始まる。

「ふわぁ〜。もう朝ですぅ」

 ミィナがまだ寝具の中で目を擦る。


 そんなミィナのすぐ側には、子竜姿のウーウェンもいた。

「ん〜。こんな朝日も登らない時間から、大変ですねえ」

 そう言いながらも、ウーウェンはゴソゴソと上掛けの中から這い出して、ベッドの上に起き上がった。


「ウーウェンさんは、まだ寝ていてもいいんですよぉ?」

 ミィナも上掛けを剥いでから、ウーウェンに声をかけた。


「でも、ミィナさんのオーブンの担当はボクです! だから、一緒に起きないといけません!」

 えっへん! といった様子でウーウェンが胸を張る。


「ありがとうございます。一人でやるより、私もウーウェンさんが一緒の方が嬉しいです。じゃあ、着替えたら一緒に厨房にいきましょう!」

 ミィナはベッドから床に降りて、クローゼットに向かう。

 そして扉を開いて今日の洋服に着替え、エプロンを身につけた。


「そうだ」

「?」

 はっと思いついたように、ミィナがウーウェンの方に振り向いた。


「ウーウェンさんも、朝のパンの成形や盛り付け、やってみませんか? せっかく朝早くにご一緒してくれるんですから、オーブンに火を吹くまで何もしないのも退屈でしょう?」

 にっこり笑ってミィナが提案する。

 その言葉に、ウーウェンの瞳がキラキラと輝き出す。


「やるやる、ボクもやります!」

 そう宣言すると、ぽふんと子竜姿から黒いツノを持った赤い髪の少女の姿に変化へんげする。

 便利なことに、彼女は人型になると自然と服をちゃんと身につけている。


 そんなウーウェンを見て、ミィナはにっこりと微笑んで、まだ開いたままのクローゼットから予備のエプロンを取り出す。そして、それをウーウェンに手渡した。


「これは?」

 手渡されたウーウェンは、よくわからないと言った様子で首を傾げる。

「エプロンです。ほら、私も身につけているでしょう?」

 ミィナはそう言って、自分が着用しているエプロンの端を摘んで見せる。


「でもボク、これ付け方わかりませんよ?」

 そう言うと、ウーウェンはエプロンを眺めながら「うーん」と唸ってしまう。


「じゃあ、私が付けてあげますね」

 ミィナはそう言ってウーウェンから一度手渡したエプロンを受け取ると、ウーウェンの背後に回って、エプロンを固定するための紐を器用にリボン結びするのだった。


 そうして二人仲良く一階にある厨房へ降りていく。

 ミィナが、二個ある冷蔵庫のうち、パン工房用のものから、寝かせておいたパン生地を取り出した。


 ボウルに入ったその生地を、冷たい作業台の上に載せる。

「ボクは何を手伝えばいいの?」

 パン生地を円柱型の棒で平たく伸ばしていくミィナに、ウーウェンが尋ねた。


「このあと、一つずつの大きさにカットするので、それを丸めるのを一緒にやってください!」

「わかった!」


 そうして二人は仲良くふんわりパンの生地を丸める。

 そのあとも、調理パンの上に具材を乗せたり、作業を続けた。


「じゃあ、これはボクの出番だね!」

 ミィナが、朝一に焼くパンをオープンに入れ終えると、ウーウェンが大張り切りでオーブンの前に仁王立ちになる。

「はい! お願いしますね!」


 ぽふん!

 とウーウェンは子竜姿に変化へんげすると、オーブンの火付け部分にゴウッと炎を吐いた。


「ウーウェンさん、ありがとうございます!」

 そうして、朝のパン作りの作業は、ミィナだけのものではなく、ウーウェンとの共同作業になったのだった。


 ◆


 そんな日々を繰り返す中、私は一つの疑問が湧いてきた。


 ……うーん。


 ウーウェンとミィナったら、最初の晩に一緒に寝たきり、それが当たり前になってしまっている。

 だから、ミィナが早朝に起きるのと一緒にウーウェンが起きて、ミィナのお手伝いをするのだ。

 ウーウェンの部屋は、彼女の荷物置き場と化している。


 それはいいんだけど……。

 ……ベッドのサイズ、大丈夫かしら?


 二人は構わないというのだけれど。

 でも、これが続くなら、空き部屋になっている四階の、当初リリー用にと想定していた広い部屋に、ダブルサイズのベッドを置いてあげて、二人部屋にしてしまった方がいいのではないかと思うのだ。

 今度もう一度二人に聞いておかなくちゃね。


 私は、アトリエ内での二人のお引っ越しを検討するのだった。

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